第14話 救出戦
時を前日の深夜まで巻き戻す。
エレメンを出て新ダンジョンを目指したセレーナは、遂にその入口に辿り着いていた。
森の中に大きく口を開けた、巨大な洞窟。
道は蛇行しながら地下へと続いている。
地面や天井から突き出た水晶が、火属性の赤い光を放っている為、視界に困ることはない。
ただし、その代わりと言うべきか、かなりの熱気が漂って来ていた。
更に、正体不明の強烈なプレッシャーを、セレーナは感じている。
これは彼女が歴戦の冒険者だからであり、通常なら気付けないこと。
しかし、セレーナにとっては、それすらも些末事だった。
「……おかしい」
入口に立ったまま、ポツリと呟くセレーナ。
その顔には険しい表情が張り付いており、洞窟の奥を見据えている。
彼女が何に引っ掛かっているかと言うと――
「こんな大規模な洞窟、どうして今まで気付かれなかったの? それに……新ダンジョンにしては、人が出入りした形跡が多過ぎるわ。 いったい、どう言うこと……?」
おとがいに手を当てて、セレーナは考え込んだ。
だが、すぐに意識を切り替えて、自分に言い聞かせるように声を発する。
「今は考えている場合じゃないわ。 とにかく、他の冒険者を探さないと」
意を決した彼女は長槍を手に、油断なく洞窟へと入って行った。
その瞬間に熱気と不穏な空気が強くなったが、怯むことはない。
【水槍の勇者】などと呼ばれているのは、伊達ではないのだ。
更に彼女には、大きな助けとなっているものがある。
「結果的には、買ってて正解だったわね」
懐に忍ばせた、1か月用の氷。
これのお陰で、熱気を中和出来ている。
その事実に一瞬だけ苦笑し、すぐに真剣な面持ちに戻った。
それから暫くは、地下へとひたすら下る。
やがて最下層に着いたのか、横への道に変わった。
かなり広く、大人数が同時に通っても困らないほど。
ただしそれは、モンスターが大量に出て来る可能性も秘めている。
今のところは何もないが、ここからが本番だとセレーナは考えていた。
すると――
「……! 大丈夫ですか!?」
地面に突っ伏したり、壁に寄り掛かっている、複数の冒険者に遭遇した。
全員が怪我をしているが、今のところ生きている。
とは言え、放っておいたらその限りではない。
瞬時に判断したセレーナは、重傷者と思われる冒険者に駆け寄った。
冒険者は苦しげに目を開き、弱々しく口を開く。
「う……セ、セレーナ、さん……?」
「喋らないで下さい、すぐに治しますから。 ……【水癒光】」
セレーナが詠唱した瞬間、彼女の手に小さな水玉が生成された。
そして、そこから発せられた光が冒険者を包み込み、傷を回復して行く。
まだ万全とまでは言えないが、命の危機は去った。
それを確認したセレーナは、冒険者が何事かと言う前に告げる。
「軽症者の手当てをお願いします。 わたしは、重傷者を優先します」
「わ、わかりました! 有難うございます!」
冒険者の礼を背に受ける勢いで、次なる重傷者に向かうセレーナ。
それから彼女は2人の重傷者を救ったが、表情は晴れない。
【水癒光】は貴重な回復水術だが、燃費が悪いという欠点を持つ。
3回使用と言うのは、決して軽い消耗ではなかった。
だからと言って彼女に後悔はなく、胸に手を当てて呟く。
「順序……正しい」
信条を口にすることで、落ち着きを取り戻したセレーナは、立ち直った冒険者パーティに問い掛けた。
「他の冒険者はどうしたんですか? それとも、貴方たちで全員ですか?」
「い、いえ、まだいるはずです。 奥の方で戦っているのが、見えたので……」
「……わかりました。 貴方たちは退避して下さい。 それからエレメンに戻って、このダンジョンには行かないように、ギルドから通達するよう要請して下さい。 この先は、わたしが引き受けます」
「は、はい! 皆、行くぞ!」
慌てて立ち去る冒険者たちを見送ったセレーナは、洞窟の奥に向き直って駆け出した。
あの冒険者の言っていることが確かなら、今も危険な目に遭っている人がいるかもしれない。
逸る気持ちを抑えて足を動かし続け、やがて開けた空間に到着する。
それまでの道も広かったが、その規模ではない。
しかし、セレーナにとってはどうでも良かった。
目に映るのは、膨大な数のモンスター。
炎を吐き出す翼を持たない小竜、ファイアドレイク。
中身のない全身甲冑に燃える剣を装備した、バーニングナイト。
赤い岩で形作られた人型、レッドゴーレム。
どれも強力な火属性のモンスターだが、セレーナの敵ではない。
ただし、数が多過ぎる。
通常なら、なるべく戦闘を避ける立ち回りをする場面だが――
「ちくしょうッ! あとどれだけいんだよッ!」
「わからないわよ! 叫ぶ体力があるなら、手を動かして!」
「く……! 折角逃げて来たのに、ここまでだってのか……!?」
3人の冒険者パーティが、空間の中央で防戦を強いられていた。
男性が構えた大盾は傷だらけになっており、女性は魔術を乱発したのか顔色が悪い。
青年の足元には折れた弓が転がり、短剣で応戦している。
セレーナでも知っている、名のある冒険者パーティの末路。
だがそれは、彼女がこの場にいなかった場合だ。
意を決したセレーナは、空間中央に向かって跳躍する。
距離が足りなかったが、モンスターの群れに落ちる前に、彼女の足元に水の膜が張った。
そこを足場に、更に前へと進むセレーナ。
これは【水歩】という、初級水術。
もっとも、初級に分類されているのは発動が容易だからであり、彼女ほど使いこなせる者はいない。
そうして中央に着地したセレーナに、冒険者パーティは驚愕していたが、彼女はそれを一喝した。
「気を抜かないで下さい! 死にたいんですか!?」
思わぬ大声に立ち直った冒険者パーティは、必死に戦線を立て直した。
それでも、表情は硬い。
いくらセレーナが駆け付けてくれたからと言って、この劣勢を跳ね返せるとは思えなかった。
だが、彼女は敢えて穏やかな声で告げる。
「わたしが、隙を作ります。 その間に、北の出口を目指して下さい」
「で、でも……こいつら、無限に湧いて来て……」
「大丈夫です、わたしを信じて下さい」
「セレーナさん……わかりました! 皆、準備しろ!」
「う、うん!」
「了解だ!」
大盾の男性の叫びに、残りのメンバーが応える。
そのときにはセレーナは準備に入っており、長槍を腰溜めに構えた。
穂先に凄まじい精霊力が宿り、冒険者パーティは僅かに気圧されていたが、彼女は気にせず詠唱を開始する。
「道を開け我が刃――邪悪を裂き正義を通せ――」
詠唱が進む度に長槍に集う精霊力が増して行き、遂にその力が解き放たれた。
「【閃裂水刃】ッ!」
セレーナが思い切り長槍を振り切ると、彼女たちを中心として、全周囲のモンスターが上下に分割されて塵となる。
新手が姿を見せ始めているが、一時とは言え、空間を制圧出来ていた。
上級水術、【閃裂水刃】。
セレーナの切り札の1つで、全周囲の敵を広範囲に渡って殲滅する。
空中の敵には通じ難い弱点を持つが、それを補って余りある性能だ。
これを短文詠唱で発動出来る彼女は、やはり相当な使い手。
そのことを再認識した冒険者パーティだが、彼らもそれで動きを止めるほど弱くはない。
「走れッ!」
男性の号令とともに、一斉に北に向かって駆け出す。
セレーナが切り開いた道を、必死に走り抜けた。
しかし――
「……ッ!? セレーナさん!?」
「止まらないで下さい!」
「……! くそッ!」
当の本人は、その場に残ったまま。
そのことに気付いた青年は叫んだが、彼女はそれを突っぱねた。
冒険者パーティたちは目尻に涙さえ浮かべて、空間から離脱していく。
モンスターたちはそれを追わず、ジリジリとセレーナに向かって間合いを詰めていた。
モンスターらしからぬ知性を感じさせることに、彼女は違和感を抱いていたが、今はそれどころではない。
目的は達成出来たものの、自分が絶体絶命のピンチに陥ったことを自覚して、自嘲気味に言葉を落とす。
「順序……間違っちゃったかな」
そう言いながらも、セレーナは清々しい気持ちだった。
軽く呼吸を整え、ポツリと呟く。
「母さんも、こんな気分だったのかも……」
誰にともなく、小声を発するセレーナ。
どこか寂しげではあったが、次の瞬間には勝気な笑みを浮かべる。
長槍をクルクルと巧みに操り、力強く構えて宣言した。
「さぁ、来なさい。 でも、わたしの首を取りたいなら、それ相応の覚悟をすることね」
セレーナの気迫に押されたのか、モンスターたちは尻込みしているようだ。
逆にその仕草が、彼女には不気味に感じている。
本来モンスターに理性はなく、ただ人間を襲うもの。
このように間合いを計ったり、怯えたりはしない。
怪訝に思ったセレーナは警戒心を高め――正面のバーニングナイトが斬り掛かった。
大上段から振り下ろされた炎剣を、セレーナは右に転身しながら、長槍で薙ぎ払う。
胴を真っ二つにされたバーニングは塵となったが、それを待っていたかのようなタイミングで、彼女の背後からファイアドレイクが炎を吐き出した。
通常のモンスターではあり得ない連携に、セレーナは驚――かない。
「備えていれば、どうとでもなるわ」
即座に反転した彼女は、炎を避けながら左手を突き出し、ファイアドレイクに【水針】を連射した。
全身穴だらけにされたファイアドレイクは、塵と消える。
今度はそこに、レッドゴーレムが殴り掛かった。
かなりの破壊力を秘めており、まともに当たれば人間などぺしゃんこ。
だが、セレーナは慌てることなく精霊力を高め――水の盾が受け止める。
初級水術、【水盾】。
これも初級に分類されているのは、扱い易さによるもので、強度などは本人の力量に依存する。
そう言う意味では、彼女の【水盾】は相当な水準にあった。
渾身の一撃を難なく防がれたレッドゴーレムは、たたらを踏むように仰け反っている。
そして、それを逃すようなセレーナではない。
「やぁッ!」
超速で突き出された長槍が、レッドゴーレムの胸を貫いた。
魔術の力量も相当高い彼女だが、槍術のレベルも達人クラスな、万能型だと言える。
レッドゴーレムは呆気なく塵となり、崩れ落ちるが――
「……ッ!」
レッドゴーレムの巨体に隠れていた、3体のファイアドレイクが、同時に炎を吐き出す。
まさか、味方をブラインドにするとまでは考えていなかったセレーナだが、彼女の戦闘経験値は並ではない。
即座に体が反応し、跳躍することで回避した。
更に、上空から【水針】を連射して、多数のモンスターを撃破して行く。
そこにバーニングナイトが炎剣を振り切り、炎を迸らせたが、セレーナは【水歩】で避けた。
地上に戻った彼女は、その卓越した魔術と、鍛え抜かれた槍術を用いて、モンスターを退け続ける。
ところが、それも永遠には続かない。
「はぁ……はぁ……」
全身汗だくで、肩で息をするセレーナ。
いくら彼女が強力な冒険者であろうと、これだけの数を1人で相手にするのは厳し過ぎる。
既に救出した冒険者が逃げる時間は稼げたはずなので、自身も脱出しようとしているのだが、モンスターたちの連携がそれを阻んでいた。
もう1度【閃裂水刃】を使えれば、退路を確保出来るかもしれない。
しかし、敵もそれをわかっているようで、セレーナに詠唱する時間を与えないように、絶妙な距離感を保っている。
ますますもってモンスターらしくないが、嘆いたところで詮無いこと。
本格的に追い詰められたセレーナだが、尚も諦めてはいなかった。
残りがどれだけか知らないが、こうなったら足掻きに足掻いてやる。
決意を新たにしたセレーナは柳眉を逆立て、最後の力を振り絞ろうとして――白い呼気が流れた。
見覚えのある現象に、セレーナは目を見開き――半拍。
「1、2、3……氷、いかがですか?」
場違いなほど、涼やかな声が聞こえる。
反射的に振り向いた先には白銀の髪の美少女が立っており、頭を飾った六花の髪飾りがキラリと輝いた。
次回「請求と決断なのです」、明日の21:00に投稿します。
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