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第10話 市場で仕入れなのです

 何と言いますか、凄かったのです。

 セレーナさんがいれば、目立つとは思っていました。

 ですが、まさか彼女に近付きたいという理由で、氷を買いに来る人があとを絶たないとは……。

 お陰で、まだお昼にもかかわらず、完売してしまったのです。

 配送も完了したのです。

 帳簿には六花印がポンと咲き、早くもグラとのハイタッチも済ませました。

 そういう事情もあって、セレーナさんにはフードを被ってもらうようにしたのです。

 これ以上目立つのは、無駄でしかないのです。

 こんなことなら、もっと氷を用意しておけば……いえ、それは違いますね。

 今日はあくまでも、例外中の例外。

 これに味を占めてしまう訳には、行かないのですよ。

 堅実に、長期的に、地に足を着けた商売をするのです。

 グラだって、それを望んでいるはずなのです。

 六花の髪飾りにそっと触れてから、彼にスススと寄って幟で冷気を感じました。

 今日も涼しいのです。

 それはそうと、これからどうしましょう。

 大通りの隅に立ち止まったわたしが、おとがいに手を当てて考え込んでいると、グラから視線を感じました。

 顔を向けると目が合って、真面目な顔の彼が言い放ったのです。


「仕入れ。 ネージュ、市場に行かないか?」

「そう言うと思ったのです。 行きましょうなのです」

「感謝」

「市場ねぇ。 何を買いたいの?」

「返答。 主に買いたいのは、食材だ。 在庫がそろそろ、怪しいものがある」

「なるほどね。 でも、今から買いに行ったら荷物にならない?」

「否定。 籠が空いているから、中に入れたら良い」

「そう言えばそうか。 うん……その順序、正しいと思うわ」

「セレーナさんの言い回しは、独特なのです」

「貴女たちほどじゃないわよ。 ほら、行きましょう」

「承知」


 どことなく、ワクワクした様子のグラ。

 見た目に反して、彼は本当に買い物が好きなのです。

 もっとも、自分の為のものはほとんど買わないのですが。

 そんなことを思いながら足を動かし続けていると、海の匂いが強くなって来ました。

 数多くの出店が並んでおり、魚や野菜を中心に、肉なども取り扱っているのです。

 ここも商業区域には違いないのですが、港が近いこともあって、少し特殊な場所なのですよ。

 わかり易いものを挙げるなら、商品をその場で調理して食べられるのです。

 ちょうどお昼時なので、良かったかもしれません。

 空腹を感じ始めたお腹を押さえながら、人混みを掻き分けて前に進みました。

 いつものことですけど、人が多いのです。

 すると、1人の男性とぶつかってしまいました。

 わざとではなさそうでしたが、わたしの体勢が崩れたのです。

 すぐに立ち直ろうとしまいましたが、その前に冷たくも優しく抱き止められました。

 グラの胸元に顔を埋めたわたしは、咄嗟に身を離そうとしましたが、思い留まったのです。

 もう少しだけ……このまま。

 そう考えて目を細めましたが――


「あらあら、こんな人前で大胆ね」


 ニヤニヤ笑ったセレーナさんの声を聞いて、弾かれたように距離を取りました。

 か、顔が熱いのです。

 思わず彼女を睨み付けましたが、どこ吹く風。

 全く意に返した素振りはありません。

 腹が立ったわたしは文句を言おうと思いましたけど、大きな手が差し出されて言葉を飲み込みました。

 目を転じた先にいたのは、やはりというべきかグラ。

 彼の意図を察したわたしは、大人しくその手を取ったのです。

 一方のセレーナさんは、またしてもからかって来そうでしたが、そうはさせないのです。


「被害ゼロ、優先なのです」

「……便利な言葉ね、それ」


 セレーナさんに訴え掛けると、彼女は苦笑を浮かべていました。

 とにもかくにも、これ以上は茶化して来る気配はありません。

 それを確認したわたしは、グラと指を絡ませて言い放ったのです。


「レッツゴーなのです」

「承知」

「ホントにもう……可愛いわね」


 セレーナさんが何か言っていましたが、聞こえないふりをするのです。

 そうしてわたしたちは、ひとまず出店を見て回りました。

 グラは真剣な表情で食材を吟味して、購入したものを次々と籠に入れているのです。

 わたしはその様子を隣で、黙って見守っていました。

 正直なところ、食材の良し悪しなんて、わたしにはわかりません。

 などと思っていると、近くの野菜屋さんから元気な声が聞こえて来たのです。


「土壌が良くないと、野菜が育たないんだよ。 うちの土壌は良いから、これだけ良い野菜が採れるって訳さ」


 胸を張って宣言していたのは、『ペトラの野菜』の店主。

 30代後半くらいで、がっしりとした働き者体型の女性。

 土色の太い三つ編みを輪にして纏めており、瞳はオリーブ色。

 濃緑のエプロンにブラウス、キャメル色のロングスカート。

 グラも良くお世話になっている野菜屋さんで、今日もいくつか購入していました。

 それにしても、土壌が良くないと野菜が育たないというのは、良くわかるのです。

 今のわたしがいるのも、グラが基礎からみっちり教えてくれたからなのです。

 改めて感謝しながら彼の横顔を見つめていると、背後から声を掛けられました。


「氷屋さん、聞いてる?」

「え!? な、何なのです?」

「だから、こっちのお店を見てみない? 結構、面白そうなのが揃ってるのよ」

「でも、わたしはグラと一緒に……」

「行って来い、ネージュ。 市場にはそれほど頻繁に来ないのだから、楽しんだら良い」

「……わかったのです」


 グラの手を放すと、無性に寂しくなりましたが、我慢したのです。

 いつも彼の近くにいないといけないほど、わたしは弱くないのですよ。

 そんなわたしに微笑み掛けたセレーナさんは、無言で手を握ったのです。

 何のつもりですか?

 視線で問い掛けると、彼女は次のようなことをのたまいました。


「これで、少しは寂しくない?」

「……貴女とグラは違うのです」

「まぁ、そうよね」


 苦笑を浮かべたセレーナさんは、手を放そうとしました。

 ですが、わたしはその前に握り返し、顔を背けながら言ったのです。


「仕方ないので、貴女が迷子にならないように繋いでいてあげるのです。 感謝するのです」

「ふふ……。 わかったわ、有難う」

「お礼を言うくらいなら――」

「氷を買えって言うんでしょう? また今度ね。 それより、見て回りましょうよ」

「……仕方ないのです」


 セレーナさんに先導されて、わたしは足を踏み出しました。

 市場には食材以外にも様々な出店があるので、退屈することはありません。

 1人ではなかったことも……関係ないとは言い切れないのです。

 コッソリと、セレーナさんの横顔を窺いました。

 フードで隠れていますが、非常に整っており……優しさを感じるのです。

 恐らく年上だとは思いますけど、さほど離れていないでしょう。

 そう言った年代の知り合いはほとんどいなかったので……何とも言い難い気分なのです。

 わたしが自分の気持ちを処理し切れずにいると、前方からグラが歩み寄って来ました。

 その顔は例の如く無表情ですが、これ以上ないほど満足そうに見えるのです。

 思わず苦笑をこぼしてしまいましたが、セレーナさんが急に手を放したのです。

 どうしたのかと思うと、ニコニコ笑っていました。

 そういうことですか……。

 彼女の思い通りになるのは癪ですが、グラに歩み寄ったわたしは無言で手を差し出したのです。

 対する彼は躊躇なく握り、反対の手でわたしの髪と六花の髪飾りを整えてから――半拍。

 落ち着いた声を発しました。


「1、2、3……提案。 そろそろ昼食にしよう」

「あ、そうね。 お腹空いちゃった」

「わたしもなのです」

「では、あそこはどうだ? 新鮮な魚が食べられる」

「良さそうなのです。 早く行こうなのです」

「慌てないで、氷屋さん。 魚は逃げないわよ」

「……逃がしたくないのは、売上なのです」

「あはは。 今日はもう、達成してるじゃない」

「わ、わかっているのです」


 そう言いながら、足早に出店を目指しました。

 すると店主さんが、快活な笑みで言ったのです。


「いらっしゃい! 購入かい? 食事かい?」

「食事なのです。 魚の串焼きを3本、お願いするのです」

「へい! あんがとよ! ……ん? あんた、氷屋じゃねぇか?」

「そうなのです」

「やっぱりな! いやぁ、俺は普段仕入れねぇんだけどよ、うちの奴が世話になってんだよ。 魚の鮮度が落ちないから、スゲェ助かってるぜ!」

「それは何よりなのです。 今後とも、ご贔屓になのです」

「そうだ、サービスで塩を掛けてやるよ! その方が、味が引き締まるからな! 本当は有料なんだけどよ、今回はタダで良いぜ!」

「有難うなのです。 近くに来ることがあれば、また買わせてもらうのです」

「おうよ! じゃあ、ちょっと待ってな!」


 素早く調理して行く、魚屋さん。

 流石はプロ、淀みないのです。

 背後のセレーナさんも感心した様子で、グラは極めて真剣な面持ちで観察していました。

 やがて完成した魚の串焼きを受け取ったわたしたちは、代金を支払ってその場を離れたのです。

 市場は混雑していますが、飲食スペースにはそれなりにゆとりがありました。

 そこに移動した訳ですが、大きな問題が立ち塞がったのです。

 出来立てなのは良いのですが、熱々なのです。

 少しばかり猫舌なわたしには厳しく、チラチラとグラに目をやりました。

 それを受けた彼は心得たもので、白い呼気を漏らしたのです。

 すると次の瞬間、魚から絶妙な加減で熱が退きました。

 これで食べられるのです。

 グラに対して目礼したわたしに、彼はズバッと言いました。


「こればかりは、いつまで経っても成長しない」

「ま、前よりは改善されているのです。 ……たぶん」

「自信なさそうだな」

「う、うるさいのです」


 顔を紅潮させて目を逸らしながら、氷ハンマーでコツン。

 グラの胸元を弱々しく突きました。

 わたしとて、苦手なものの1つや2つ、あるのですよ。

 それに……苦手なままの方が、良いこともあるのです。

 ますます頬に朱が帯びるのを自覚しつつ、誤魔化すように魚をかじりました。

 美味しいのです。

 とても満足度が高かったですが、それはわたしだけではありません。

 無表情のグラとニコニコ笑ったセレーナさんも、美味しそうに食べていました。

 買い出しと食事を終えたわたしたちですが、その後の予定は決めていません。

 わたしとしては、もう帰っても良いくらいなのですが、セレーナさんは違うらしいのです。


「ねぇ、次はどこに行く? もうお仕事は終わったんだし、どうせならもっと遊びましょうよ」

「そう言われましても……。 無駄遣いは出来ないのです」

「大丈夫よ。 ウィンドウショッピングって楽しみ方もあるし。 さっきはお仕事だったけど、今度はゆっくり商業区画を見て回りましょうよ」

「……グラ、どう思うのです?」

「許容。 少しくらい羽目を外しても、良いだろう」

「はい、決まり! 氷屋さん、行きましょう!」

「わ、わかりましたから、腕を引っ張らないで下さいなのです」


 強引なセレーナさんに引き摺られるようにして、わたしは再び商業区画に戻りました。

 グラの顔付きは変わりませんでしたけど、どことなく優しげに見えたのは気のせいでしょうか?

 沖の風がひやりと変わり、一瞬だけ体に纏わり付いたのです。

 そうしてわたしたちは、ほぼ1日中遊び回ったのですが……遂にそのときが訪れました。











 ネージュの帳簿


 残り氷柱=20本→完売


 今回収入=+2,000メル(氷柱20本販売)

 前回までの収入=+2,000メル

 今回支出=-0メル

 前回までの支出=-0メル

 ―――――――――――――――

 収支総合計=+4,000メル


 歩く広告塔 (セレーナさん)←協力に感謝


 次回目的地=商業区画(本日2度目)

次回「ダンジョン攻略は、管轄外なのです」、明日の21:00に投稿します。

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