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プロローグ 白い呼気の始まり

 白が黒を塗り潰す。

 静かな夜に、しんしんと降り積もる雪。

 そこは古びた祠だった。

 長らく人の手も入っていなさそうだが、祭壇の前に続く2人分の足跡。

 ただし、相当焦っていたのか、踏み散らかされている。

 そしてそこには、1人の赤ん坊の姿が。

 毛布にくるまれ、火の護符で守られてはいるものの、この寒さでは命を落とすだろう。

 それこそが、自然の摂理。

 ところが――


「憐れなり」


 少年の声が落ちる。

 いつの間に現れたのか、赤ん坊の傍に佇んでいた。

 背はそれなりにあるが、高身長というほどでもない。

 その一方で、飛び抜けて優れた中性の容貌。

 蒼銀のミディアムヘアーに、透き通るような蒼眼。

 線は細いが引き締まっており、言い知れぬ存在感があった。

 白の戦闘服にコートと、徹底的に白い。

 少年は暫く無言でいたが、おもむろにしゃがみ込んで赤ん坊を凝視する。

 その顔には無表情が張り付いており、何を考えているのか判然としない。

 更に時間が経過したが、遂に沈黙が破られた。


「捨て子か。 このままでは死ぬ。 是非もなし」


 淡々と、事実を確認するような口ぶり。

 その間も赤ん坊の命は尽きようとしており、少年はそれを見届けようとしていたが、不意に手を伸ばす。

 小さな胸が雪の白に合わせて、僅かに上下した。

 少年の指先が、ピタリと止まる。

 ほんの一拍。

 再稼働させた手が触れると、赤ん坊はその指を弱々しく握り、瞼を震わせた。

 瞬間、少年の瞳がほんの僅かに揺れる。

 白い呼気が漏れ、やがて彼は決断した。


「……被害ゼロ、優先」


 自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ少年は、反対の手を赤ん坊の額に当てる。

 すると、足元に一瞬だけ六花が咲き――祠の冷えが、すっと退いた。

 これでひとまず、直近の危機は去ったと考えた少年だが、問題はまだ残っている。

 この祠には基本的に人が来ず、赤ん坊が見付かる可能性は皆無に等しい。

 そうなると結局、同じ運命を辿るしかなかった。

 だが少年は、既に先を見据えている。


「我に子育ての経験はないが、なんとかなるだろう」


 誰にともなく呟いた少年が、赤ん坊を抱き抱えた。

 安らかに眠ったまま、口元を笑みの形にする赤ん坊。

 それを見た少年も薄っすらと笑みを浮かべたが、すぐに元の無表情に戻った。

 そして、あることに思い至る。


「名が必要か」


 眉間に皺を寄せて、真剣に考え込む少年。

 そのまましばしの時が経ち、ようやくして答えを出す。


「ネージュ。 1、2、3……決定」


 独特な表現。

 やはり淡白な物言いではあったが、その声にはどこか温かさが感じられた。

 スヤスヤと穏やかに眠る赤ん坊の頬に手を沿えようとして、寸前で思い留まる。

 どうやら、起こしてはいけないと考え直したらしい。

 その後、少年はゆっくりとした歩みで、祠の奥へと姿を消した。

 氷は人を遠ざける。

 しかし、冬は嘘をつかない。

 収支はゼロ。

 されど、帳簿は動き始めた。

 これが、約17年前の出来事。

次回「第1話 開店準備と料金表なのです」、21:10に投稿します。

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