第十七話 新たなる危機?(4)
魂を飲み干したとき、アイリはようやく我に返った。
目の前に転がる二体のアンデッドの骸を見つめ、信じられない気持ちで呟く。
(……私、さっき……暴走してた……)
さっきは極度の飢餓感に支配されていた。
視界に入った二体を見た瞬間、理性が溶け落ち、ただ殺し、喰らう衝動しか残っていなかった。
アンデッドは元々、黒い負のエネルギーの塊だ。
力が増すほど殺意も膨れ上がる。
制御できなければ、理性のないただの殺戮機械に成り下がる。
(……だめだ。)
自分が理性を失っていた感覚を思い出し、寒気が走る。
強大な力は確かに魅力的だ。
だが、それに呑まれたら結局は……。
「姉御!すごいよ!」
無邪気な笑顔で駆け寄るジル。
アイリは苦笑しながら、その頭をぽんぽんと撫でた。
(……でも、まだ足りない。お腹は空いたまま……)
無意識に視線がサスへ向かう。
その一瞬で、サスの魂がびくりと震えた。
(……もっと……強い魂が欲しい……この目の前に……)
(……ダメだっ!)
頭を強く振り、邪悪な誘惑を振り払う。
それを見たジルが首を傾げた。
「姉御、どうかした?」
「……平気だよ。」
声を絞り出し、必死に気を落ち着ける。
「さあ、戦利品を片付けようか。」
「うん!ジル、こういうのはもう慣れっこだよ!」
倒れた武装スケルトンは、やがて装備が消え、ただの骨になってしまう。
素材として使えるのは、光沢や白銀色に変化する骨だけだ。
一方、ゾンビの丈夫な皮は立派な防具素材になる。
(……このへんの整理は面倒だな……)
ショルダーバッグの空きが少ないジルに代わって、アイリが丸ごと一体ゾンビを放り込んだ。
これだけでだいぶ容量を取られる。
今回も符文結晶は見当たらない。
「……本当にレアなんだな、符文って。」
「だよね。ジルも全然見つけられなかったし……」
(……前に古戦場で拾ったあれら、本当に運が良かったな。)
片付けを終え、一行はさらに奥へ進んだ。
◇ ◇ ◇
先日まで第三層にはアンデッドがたくさんいたのに、今では彼らの気配が明らかに少ない。
上位のアンデッドが現れた気配を察し、近寄らないようになったのだろう。
三日が経った。
それでも何体かは捕らえ、魂を二十ほど飲み込んだ。
しかし――
(……狩りの効率、すごく下がったな……)
だが今、アイリが一番気にしているのは効率ではなく、自分の「制御」。
幸い、その後は暴走しても途中で正気に戻れるようになってきた。
四日目。
三十体目の魂を取り込んだとき、ようやく空腹感が和らいだ。
「ふぅ……ようやく落ち着いた……」
あの渇きは、本当に辛かった。
常に心に湧き上がる衝動を抑えるのは、どんな戦いより骨が折れる。
その時、ジルがゾンビの手を剣で切り落とそうとした。
「かしゃん!」
「わっ! 私の剣が……!」
刃先は欠け、無残にひび割れていた。
「……そろそろ装備も更新だね。」
「うう……気に入ってたのに……」
この剣は、最初に姉御に会ったとき、殭屍素材と交換して手に入れた思い出の品だった。
「大丈夫。帰ったら一緒に新しいの選ぼう。」
飢えもひとまず治まったし、ジルの装備も限界だ。
ここらが潮時だろう。
地上へ戻る道のりはもうすっかり慣れたもので、今も第二層にはあまりアンデッドの姿がなかった。
そのまま一気に上へ進んでいったが、意外なことに途中で遺忘者には一人も遭遇しなかった。
第二層から第一層へ通じる入口でサスと別れ、アイリとジルはそのまま安寧の町を目指して歩き出した。
だが――
遠くに見えた安寧鎮は、どこか様子がおかしかった。
いつもより守衛の数が多い。
石壁はあちこち修繕されていて、資材を運ぶ遺忘者たちが忙しそうに動いている。
町中に、ぴんと張りつめた緊張感が満ちていた。
まるで、何か大きな異変が起こった後のように――
町の気配が、重苦しく、冷たい。
「……姉御。なんだかすごく物々しいよ。」
ジルが不安そうに呟いた。
アイリは無言で、深く息を吐いた。
(……何があったんだろう。)




