第十七話 新たなる危機?(2)
「……ん……」
アイリはゆっくりと目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れない奇妙な模様の天井。
そのとき、すぐそばから元気な声が響いた。
「姉御!やっと起きた!」
「……ん?」
頭を軽く振りながら、体を起こす。
大きく伸びをしてから、のんびり挨拶した。
「おはよ、ジル〜……ふあぁ〜」
目をこすりながらジルを見ると、なんだか様子がおかしい。
装備はあちこち擦り切れ、髪もホコリだらけで真っ白。
もともと鮮やかな赤髪が、すっかりくすんでしまっていた。
「……なに、その姿?」
一瞬ぽかんとした後、アイリが尋ねると、ジルは勢いよく抱きついてきた。
「姉御、寝てる間に一ヶ月も経っちゃったんだよ!」
「……一ヶ月!?」
思わず声が裏返る。
いくらなんでも寝すぎじゃない?
「この間ずっと、私とサスで第三層のアンデッドを倒してたの!見て!私、強くなったよ!」
自慢げに胸を張るジル。
まるで褒めてほしくて仕方ない子供だ。
「ジルはえらいね〜」
頭を撫でてやると、ジルは満面の笑みを浮かべた。
ちょうどそのとき、サスがホールの入り口から入ってきた。
彼女を見るなり、その魂からはっきりと驚きが伝わってくる。
『……ご主人様、おめでとうございます。進化されましたね。』
「……進化?」
アンデッドの知識が乏しいアイリは、首を傾げる。
「どういうこと?」
『ご自分の魂の炎を確認していただければ分かります。』
言われるままに、意識を内側へ向ける――
次の瞬間、思わず息を呑んだ。
(遺忘者は無意識に呼吸をしている。まあ、呼吸自体が彼らにとって重要というわけではないのだけれど。)
真っ白だった魂の炎が消え、代わりに深い蒼の炎が燃えていた。
「……これ、何?」
『それは“深い蒼の魂”です。』
「深い蒼の……?」
『はい。魂の炎が進化した形態です。詳しいことは分かりませんが、私の記憶の奥底に情報があります。上位アンデッドのみが持つ新たな魂の炎だと。さらにその上の段階も、いくつも存在するようです。』
サス自身も内心では混乱していた。
自分ですらまだ普通の魂の炎なのに、なぜこの小さな主はあっさり“深い蒼の魂”を得られたのか。
――だが、これは文句なしに大きな祝福だ。
深い蒼の魂を持つ者は、吸収できる魂エネルギーが大幅に増え、成長速度も飛躍的に上がる。
強いアンデッドが必ず深い蒼の魂を持つわけではないが、深い蒼の魂を持つ者は必ず強くなる。
要するに、これを手に入れた時点で、強者への切符を握ったも同然なのだ。
説明を聞き終えると、アイリはにやりと笑い、スコップを地面に突き立てて両手を腰に当てた。
「ふふん、もう強くならないほうが無理みたいだね!はっはっはっ!」
「姉御、かっこいい〜!」
ジルの目は完全に星になっていた。
* * *
その間、アイリが爆睡している一ヶ月、ジルとサスはせっせと第三層で狩りをしていた。
上質な《死の気配の結晶》も十個以上手に入れた。
危険そうな特殊部屋には深入りせず、無理はしない方針。
サスは本気を出さない限り疲れもせず、眠らなくても平気なので、ジルが休むときはずっと見張り役をしていた。
幸運なことに、ジルはこの一ヶ月でBOSS級の敵には遭遇しなかった。
おかげで順調に魂の炎を育てられたらしい。
「……ジルも成長したんだね。」
話を聞き終えたアイリは、心から嬉しく思った。
もともと安寧町に戻ってから眠るつもりが、ホールで力尽きて寝てしまったわけだけど――
まあ結果オーライだ。
一時は安寧の町に戻って休もうと思っていたが、その必要もなくなったらしい。
ただ、一つ問題があった。
進化したばかりのアイリは、自分の“お腹”がやけに空っぽなのを感じていた。
低級アンデッドじゃ物足りない。
むしろ嫌悪感すら湧いてくる。
これって、進化したあとの副作用なのか……?
じゃあ、これからどうするか考えないと。
第四層を覗いてみるのも、悪くないかもしれない。
……でも、この前サジに不意打ちされて、危うくジルが消えかけたことを思うと……やっぱり慎重に動いた方がいいよね。
「ところで、サス。第四層の入口って知ってる?」
『ええ、把握しております。』
「第四層って、君みたいに強いアンデッドがゴロゴロしてる感じ?」
『全てが私と同等ではありませんが、同等の者も少なくないかと。』
(うわ……本当に難易度上がるなぁ……)
「……やっぱり、ネクロプリーストを仲間にしてから挑戦しようかな。」
『賢明だと思います。第四層は非常に危険ですから。』
「じゃあ、先にこの層で少し狩ろう。とにかく、お腹が空いて死にそう。」
こんなにお腹が空いた気分は、ほんとに久しぶりだった。




