十三話 人気者ロリっ子?(1)
図書館の三階が静まり返っているのに対し、ジルがいる二階フロアは随分と賑やかだった。
戦士をメイン職に選ぶ女性がそもそも少ないこの世界で、
突然現れたのは――かわいらしい見た目の、小さな女の子。しかも新人。
目立たないはずがなかった。
案の定、その場にいた十数人の遺忘者たちの視線が一斉に集まり、
さらには独り身の男性たちが、ここぞとばかりに群がり声をかけてきたのだ。
心の年齢がまだ十代前半のジルにとって、これは完全に想定外。
あたふたと手足をバタつかせて挙動不審になり、
瞳に灯る橙の光が、今にもグルグルと渦を巻きそうな勢いだった。
──さすがに見かねたのか、二階担当の戦技講師がようやく介入。
「静かにせんかッ!」と一喝し、ようやく男たちも不満げに散っていった。
戦技の習得は、基本的に「スキルブック」を使って学ぶ形式。
ただし、魔法と違って、購入したスキルブックは持ち帰り可能だ。
つまり、友人同士で貸し借りして、教え合うこともできる。
ただし、講師の直接指導を受けるには、スキルブックの「登録者」である必要がある。
借りただけでは教えてもらえないのだ。
二階フロアの構造は三階とほぼ同じで、スキルのレベルに応じて三つのエリアに分かれている。
価格は魔法に比べてかなり安い。
一級戦技:金貨1枚
二級戦技:金貨2枚
三級戦技:金貨4枚
そのため、スキルブックを持ち帰れるとはいえ、多くの遺忘者たちは講師の指導を受ける方を選ぶ。
やっぱり、自習より教えてもらった方が上達は早い。
当然、ジルも初級戦技エリアへ向かった。
この世界において、魔法と戦技はそれぞれ異なるエネルギーで発動される。
魔法は「魔力」、戦技は「闘気」を用いる。
魔法使いはマナで元素を操り、戦士は闘気で自分の身体能力を強化し、
時には空間そのものを歪めるような常識外れの動きを可能にする。
表面的にはまったく別物だが、実はその本質は同じ。
どちらも「内なるエネルギー」で物質世界に一時的な干渉を与え、特殊な効果を引き起こすものだ。
この理論を裏付ける最大の証拠が遺忘者の存在だ。。
彼らは、生前の種族に関係なく、魔法も戦技も「魂の力」という同一リソースを使って発動する。
この事実は、かつて学者たちの間で大きな議論を巻き起こしたが――まあ、今は置いておこう。
さて、一級戦技エリアにたどり着いたジルは、壁一面に並んだスキルブックの数に圧倒されていた。
(うぅぅ……私、姉御みたいに優秀じゃないし……。
こんなにたくさんあっても、どれも簡単に覚えられる気がしないよ……)
だからこそ、ちゃんと慎重に選ばないといけない。
そう思っていた矢先――
「やあ、こんにちは。」
「ひゃっ!?あ、あわわ……!」
いきなりの声かけに、ジルはびくっと跳ねた。
またナンパかと思ったのだ。
「はは、大丈夫だよ。怖がらなくていい。」
その男性遺忘者はやさしく笑いながら、ジルの背にある小さな丸盾を指差した。
「その装備……君、防御型の戦士だよね?」
「う、うんっ!」
ナンパじゃないと分かった途端、ジルは胸をなでおろした。
男は本棚の一角を指差して言った。
「だったら、これとこれを試してみたらどうかな?」
ジルがその指先の先を辿ると、そこにあったのは《ガーディアン》と《ヘイトスピン》という2冊のスキルブック。
まさかスキルを紹介してもらえるなんて……。
ジルは少し驚きながらも、感謝の言葉を口にした。
「ありが、ありがとう……!」
「気にすんな。頑張れよ、小さな戦士さん。」
そう言い残して、彼はスキルブックを一冊手に取って講師の方へ歩いていった。
(……やさしい人も、いるんだなぁ。)
ジルが少し人見知りなのは、実は“種族”に対するコンプレックスが原因だった。
彼女は、ゴブリン族の出身。
この種族はどの国でも社会の最底辺に位置づけられており、
野生のゴブリンに至っては「討伐対象のモンスター」として扱われることさえある。
ジルは進化型の高等ゴブリンであり、緑色の肌と尖った耳、小柄な体格こそあるが、
見た目は人間とそれほど大差ない。
――にもかかわらず、彼女は人間社会に受け入れられることはなかった。
生き延びるために、幼くして戦士になった。
ゴブリン,特別な才能などなかった。数だけが取り柄。
つまり、戦場で使い捨てられる「弾除け」だった。
そんな環境で育ったジルが、人前で緊張してしまうのも無理はない。
視線を集めれば集めるほど、心の奥に潜む劣等感がざわつき出すのだ。
だが、遺忘者となった今は違う。
肌の色は皆同じ水色に染まり、かつての種族や立場など、誰も気にしない。
だからようやく、ジルは他人と「普通に」会話できるようになった。
そんな彼女は、今、スキルブックの内容に集中していた。
《ヘイトスピン》
「自分を中心に回転エネルギーを発生させ、周囲の敵に継続的ダメージを与える。敵の注意を引きつける効果あり。」
(わぁ……これ、タンク職にピッタリじゃない!?)
続いてもう一冊。
《ガーディアン》
「外部からのダメージを軽減する。盾を装備している場合、追加効果が得られる。」
(うわっ……両方とも、すごく使えそう……)
……でも、問題はここから。
2冊とも買っていいの?
そもそも、自分に覚えられるの……?
1冊で金貨1枚。2冊で2枚。
もしムダになったら……姉御に合わせる顔がない……!
「うぅぅ……」
ジルはギュッと唇をかみしめた。
今にも涙がこぼれそうな顔だ。
(どうしたら、いいのぉ……)
そのときだった。
「ぽんっ」
肩に、優しい衝撃。
「勉強、どう?進んでる?」
「姉御っ!」
ジルはぱっと顔を上げた。
「……誰かに、いじめられた?」




