第十一話 お財布パンパン?(2)
「ご主人、あんな危ない所に彼女を行かせるなんて……怒られて当然だと思いますよ。」
「ちょ、ちょっと忘れてただけだって……」
ジャネットは自分の尻をさすりながら、ぐったりとした声で嘆いた。
「うわぁ、ケツが……割れた。これ、針と糸で縫わないとダメかもな……」
その時、主従ふたりは部屋の隅でこっそりと丸まっていた。
ジャネットは小声でぼやく。
「最近の若者って、ほんと容赦ねぇよな……」
そんな主の様子を見たデルドが、ふと口を開いた。
「ご主人、私が縫いましょうか?」
「いや……やめとくよ。」
ジャネットの表情はどこか切ない。
……ついてねぇ。
スコップで尻に穴を空けられたはいいが、自分で縫うには難易度が高すぎる。
かといってデルドに頼む?
あのゴツい手で針仕事なんてできるわけないだろ……それはもう夢物語だ。
――さて、そんな悲劇的な主従をよそに、
アイリとジルは部屋の中をきょろきょろと見回していた。
怒りを鎮めてもらうために、ジャネットはようやくしぶしぶ提案を出した。
「この部屋にある錬金道具の中から、ひとつ好きなのを選んでいい。もちろん、給料もちゃんと払う。」
古戦場での大勝利はあったが、金はいくらあっても困らない。
それに、ジャネットの財産からちょっといただくくらい、罪悪感なんてあるわけがない。
「姉御……なんか全部、怪しいモノばっかりだよぉ……」
ジルは眉をひそめて、棚に並ぶ怪しい機械を見つめる。
彼女はただの新人戦士、錬金術の知識なんてまるでないのだ。
「じゃあ、私が選んであげるよ♪」
アイリはジルの頭をぽんぽんと撫でながら、頼もしい笑みを見せた。
「ほんとにっ!? わーい、楽しみ~!」
ジルの橙色の瞳がキラキラと輝き、まるで子供のように喜んでいる。いや、実際まだ子供みたいなものだけど。
しばらく物色した後、アイリの視線がある指輪に止まった。
「これ……なに?」
ジャネットの方をちらりと見ると、彼は一瞬びくりと震えながらも答えた。
「そ、それは初期の作品のひとつでね……魂力の回復速度を少しだけ上げるエンチャント指輪なんだ。」
「常時効果あり?」
「う、うん、そうだ。」
ジャネットにとってはすでに売り物ではない、ただの記念品だった。
これくらいなら彼女に渡しても痛くない。
「ふーん……」
アイリは指輪をくるくると回して眺めたあと、
「じゃあ、これにするね。」とあっさり決定。
高価すぎるものを狙うつもりはなく、怒りも収まったところで、このくらいがちょうどいい。
「ど、どうぞどうぞ……」
ジャネットは笑顔で頭を下げつつ、(二度とこいつは雇わない)と心に誓った。
もちろん、給料も忘れずに支払う。
「タイタンジャイアントの骨の件もあるし……よし、今回は二人で金貨二枚。これでどうだ?」
「えっ、ほんとに!?」
ジルの顔がぱっと明るくなる。
新人にとって金貨二枚は破格の報酬。
普通なら三か月働いてようやく手に入る額なのだ。
(……まあ、半分はアイリのおかげだけどね)
アイリは静かに頷いた。
ジャネットの家を出た二人の懐には、新たに二枚の金貨。
そしてジルの右手には、「魂力回復速度+5%」のエンチャント指輪が光っていた。
……性能こそ高くはないが、新人にとっては十分すぎるお宝だ。
「姉御、次はどこ行くの?」
「まずは錬金素材を売りに行こっか~。それから図書館でスキルのお勉強して、ついでに補給も済ませようね。」
「うんっ、了解!」
しばらくして、二人は錬金素材店へと足を運んだ。
今日は珍しく店内が賑わっており、遺忘者たちが素材を選んでいた。
店主も他の客と取引中だったため、アイリは静かに順番を待っていた。
やがて商談が終わり、店主はアイリに気づいた。
「おや、ジャネットの使いかい?」
「ちがうよ。今日はね、売りに来たの。」
「ほう、何を?」
「完全な白銀骷髏の骨格。」
「……は?」
店主の表情が固まった。
「おいおい、そんなもん新人が持ってるわけ──」
周囲の遺忘者たちも失笑する。
彼女たちが新米であることは、誰の目にも明らかだった。
中には、ただの光沢骷髏を白銀骷髏と勘違いして売りに来る新人もいる。
今回もそうだろう、と誰もが思った。
――だが。
アイリは無言で、ショルダーバッグから白銀骷髏の骨を取り出した。
店主の目が、鋭く光る。
(……間違いない。これは本物だ!)
彼女が骨を次々と組み立てていく様子に、店内はざわめきを増していく。
ついに、見事なまでの完全骨格が完成した。
「……嘘、だろ……?」
店主はしばらく絶句したまま、ついに口を開いた。
「間違いない。本物の白銀骷髏だ……!」
冷や汗をかきながら、店主は慌てて頭を下げた。
「さ、さっきは疑ってすまなかった……!」
「別に気にしてないよ。それで、これっていくらで売れるかな?」
隣で見ていたジルの目には、星が輝いていた。
(やっぱり……姉御、かっこよすぎる!!)
店の中にいた他の数名の遺忘者たちは、完全に言葉を失っていた。
──白銀骸骨を討伐できる存在。それだけで、すでに「強者」として語り継がれるに相応しい。
ましてや、討伐後に骨格をここまで完全な形で持ち帰れるなど、ほとんど奇跡に近い。市場に出ること自体が稀な高級素材。それを、目の前の少女が平然と取り出している――。
「こ、これは……」
店主は目の前の現実に一瞬、口をつぐんだ。
こうした上物の素材となれば、いくらで買い取るべきか頭を抱えるのも無理はない。安く言って恨まれたら困るし、高く買えばこちらの利益がなくなる。商売って、難しいな……。
迷いに迷った末、店主はようやく口を開いた。
「……金貨五十枚。いかがかな?」
この価格は相場としては妥当で、そこまで悪い条件ではない。少なくとも失礼にはあたらないだろう――と、店主は思っていた。
だが――
「ご、五十枚の金貨……?」
横にいたジルは、その金額を聞いた瞬間、まるで魂が抜けたかのように固まった。
新人の感覚からすれば、これはまさに天文学的数字。彼女が生前に持っていた総資産すら、一枚の金貨に満たなかった記憶が蘇る。
アイリが迷うことなく告げた。
「七十枚。」
あまりにも自然に、そして当然のように――金貨二十枚の上乗せ交渉。
「七十は……ちょっと高すぎるかな。」
店主は苦笑いを浮かべながら首を振った。
「じゃあ、金貨六十枚。これがウチの限界だよ。」
「金貨六十……!」
ジルの魂の炎が、目に見えるほどに燃え上がった。
「……うん、それでいいよ。」
交渉成立。アイリにとっても、十分すぎる額だった。
◆ ◆ ◆
「毎度あり~!」
店主の晴れやかな笑顔に見送られ、アイリとジルは素材屋を後にした。
店としても良い仕入れができたし、客の満足度も高い。まさに理想的な取引だった。
その一方――
アイリの財布は、かつてないほどパンパンに膨れていた。
所持金:金貨六十三枚、銀貨七十六枚。
「……お金って、最高♪」
心なしかスキップしたくなるような気分だった。食費や宿代はもちろんのこと、ジルの装備や魔法の習得費用にまで余裕で足りる。
「さてと……次はスキル習いに行こっか!」
ふと思い出したのは、以前トピッドが言っていた「図書館」のこと。あそこなら、スキルを教えてくれる導師がいるはず。
「じゃあ、行こうか。」
そう言って、アイリは自然にジルの手をつないだ。




