第一話 私は遺忘者?(3)
こうして、アイリはサック導師から惜しげもなく提供された補給ドリンクを二本ありがたく受け取ると、次なるターゲット――いや、まだ面倒ごとが迫ってきていることを知らない女導師のもとへと歩き出した。
新生者がようやく離れてくれたのを見て、サックはふぅっと大きなため息をついた。
「ん? 新人かぁ?」
スコップを手にしたアイリを見て、女導師エイヴァは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに平常心を取り戻して言った。
「ってことは、魔法の素養があるってことで、私を訪ねてきたんでしょ?」
「うん。」
「私は基本中の基本しか教えられないけど……まあ、新人ならそれで十分よ。」
そう言いながら、彼女は黒い革表紙の魔導書をアイリに手渡した。
「高度な魔法を覚えたければ、自分で努力するしかない。そして、学ぶには――それなりの代償も必要よ。」
「魔法の才能があるなら、この本をパラッと見ただけで基礎は掴めるはず。」
「ありがとう。」
アイリは受け取った魔導書をさっとめくった。
――そして、ほんの数秒後。ごく自然に、魔法の知識が頭に染み込んでくる感覚があった。
《初級魔法・シャドウアロー》
「できた。」
「……早っ!? なんなの、この子……」
目の前の新人が、まるで息を吸うように魔法を習得してしまったことに、エイヴァは驚きを隠せなかった。
(まさか前世では、とんでもない魔法使いだった……?)
魔導書をしまいながら、エイヴァは真剣な眼差しで続けた。
「……第一の魔法、おめでとう。でも、これからが本番よ。この世界で強くならなければ、外の未知なる脅威に飲み込まれて消滅するだけ。」
「せっかく新しい命を得たんだから、大事にしなさい。」
「ちなみに、私たちの魔法は“魂力”で動いてるの。生者が使う“魔力”とは違う。ま、使ってればすぐわかるけど。」
「うん。」
「この大陸は死の気配に満ちてるから、そこら中に低級なアンデッドが湧くの。知性もないし、フラフラしてるだけ。あんたの《シャドウアロー》なら楽勝よ。」
少し間をおいて、彼女はさらに言った。
「やつらを倒して、魂の炎を吸収しなさい。それが、強くなるための第一歩。」
「今のお前の器では、多くても十個までしか魂を吸収できない。十個集めたら、また私のところに来なさい。」
「でもさ、そこにいるの三体しかいないけど……倒したら respawnするの?」
アイリは向こう側にいる三人の導師をチラリと見ながら言った。
途端に、クエルマン、サック、ドクエの三名の背筋がゾッと凍った。
「ち、ちがうっ! そっちじゃないっ!」
エイヴァは若干引き気味にツッコミを入れた。
こうして、《シャドウアロー》を習得したアイリは、生まれて初めて“転生の尖塔”を出て、“遺忘者大陸”の地を踏みしめた。
空はどこまでもどんよりと暗く、大地も死んだように黒ずんでいた。
道端の枯れた草、割れた石、乾ききった土。すべての景色が影を帯びている。
「……なんか、すっごく悲しいとこだねぇ」
とはいえ、すでに“死者”となったアイリにとって、腐敗臭は感じられない。
むしろ、生者には毒のように作用する“死の気”に、なぜか心地よさすら感じていた。
「さて……何しようかなー。あ、そうだ!」
スコップを手に、アイリはうろうろと探索を始めた。
そのとき――目の前の乾いた大地から、腐った手がニョキッと飛び出してきた!
そして、ボロボロのゾンビが、自分の体を地面から引っこ抜こうとしている!
「シャドウアロー!」
右手の人差し指から放たれた紫色の光が、まっすぐゾンビに直撃!
「ガァァ……」
ゾンビ、顔出す前に終了。
「終わりっと。かんた~ん♪」
やっぱり魔法職は火力が違う!
戦士だったら苦労する相手でも、魔法なら一発。
とはいえ、アイリもまだ“新生”したばかり。体内にある魂力はわずかで、あと9発しか撃てなさそう。
「うんうん、これは一発もムダにできないね~」
地面に半分だけ埋まったゾンビの亡骸へと歩み寄る。
魂の火を吸収する方法は、まだちゃんと分かっていないけど――
「心臓……だよね? たぶん」
意識を集中させると、ゾンビの胸のあたりに淡い火がぽっと灯った。
「あー、これこれ!」
アイリがそう思った瞬間、その火は勢いよく飛び出してきて――
「おおっ!」
取り込んだ瞬間、精神がぐんっと冴える!
「これが、成長ってやつかぁぁぁっ! 気持ちいい!!」
魂の火を吸収する感覚――それは、言葉では言い表せないほど快感だった。
その瞬間、周囲の地面から「ドン!ドン!ドン!」と音が鳴り響き、
次々とスケルトンやゾンビが地面を割って姿を現した!
「いーち、にーい、さーん……ろくっ! 6体まとめて、あたしの糧になりなさ~い!」
「シャドウアロー!」
「シャドウアロー!」
「シャドウアロー!」
「シャドウアロー!」
「シャドウアロー!」
「シャドウアロー!」
紫の光が連射され、灰色の大地を染めていく。
――ここから、アイリのリッチロード(巫妖王)への旅路が幕を開けるのであった。
バンッ!!
転生尖塔・図書室の扉が勢いよく開け放たれ、スコップを手にした影が現れる。
「……あと3体ッスねぇ……フフフフ……」
笑みを浮かべながら呟くその声に、
クエルマン、サック、ドクエの三人は同時に――魂の火が一瞬ビリビリと揺らぐのを感じた。