第八話 予想外だらけのバイト?(1)
アイリが目を覚ましたとき――すでに二十日が経過していた。
旅の途中で吸収した「魂の炎」はすっかり消化され、体内のエネルギーもフルチャージ。炎は以前よりも勢いを増し、目覚めたアイリからは、まるで無限に湧き上がるような生命力が放たれていた。
……いや、不死者なのに生命力ってどうなんだろう。そこにツッコミを入れたくなるのも無理はないが、事実だから仕方ない。
もちろん、本人には時間の感覚なんてまったくない。完全な眠りの中では、どれだけ時間が経っていようと、不死者にとっては一瞬の出来事なのだ。
のそりと体を起こしたエリィは、すぐにある違和感に気づいた。
「ジル……は?」
本来なら枕元にいるはずの少女の姿が見当たらない。慌ててベッドを飛び降り、部屋の中をぐるりと見回す。
「どこ行ったの……?」
そのとき、机の上に一枚の紙切れを見つけた。
――『姉御! デルドのご主人のところでバイトしてきまーす! 心配しないでね!』
「……バイト、かぁ」
アイリは軽く髪を整えると、部屋を出ることにした。ならば、様子を見に行ってみよう。ついでに、自分も何か仕事が見つかるかもしれない。
宿のスタッフに場所を尋ね、途中で数人の忘却者に道を聞きながら進むうちに、他の建物の三倍はありそうな大きな邸宅にたどり着いた。外観自体は周囲と大差ないが、このスケール……どう見ても金持ちの住処だ。
なのに、門番ひとりいない。自由に出入りしてください感がすごい。……この町、治安良すぎでは?
アイリがそっと扉を開けると――
「デルドか? 戻ったのかい?」
中から、やや甲高い男の声がした。
だが、現れたのが見知らぬ少女だったことに気づくと、声の主は明らかに驚いた様子で続けた。
「んん? 君は誰だ? 今日はバイトの予定なんてなかったはずだけど?」
現れたのは頬がこけて頬骨がやや突き出た男だった。だがその瞳に宿る橙の光はやけに生き生きとしている。全身黒ずくめの地味な魔法使いのローブに、尖った帽子――絵に描いたような魔法使いである。
部屋の中は以前エリィが訪れた錬金材料店に似ていたが、スケールは二~三倍。道具の数も素材の数も桁違いで、その大半は見た目からして不気味なものばかり。しかし意外にも室内は明るく照らされていた。
アイリは周囲を見渡し、壁に取り付けられた魔法灯が光源であることに気づいた。不死者なら暗闇でも問題ないはず……これはきっと、ここの主――ジャネットの趣味だろう。
「友達を探しに来ました」
「友達? ここには私とデルドしかいないよ。君はデルドの知り合いかな?」
「デルドのことは知ってますけど、探してるのは彼じゃありません」
アイリは続けて言った。
「赤い髪の、小さな女の子……ジルって言います。ここでバイトしてるって聞いて」
「ああ、ジルか。思い出した。赤毛の小柄な子ね。最近よく手伝ってくれてるんだ。ほんと助かってるよ、他の人を探す手間が省けたからね」
「……で、今はどこに?」
部屋を見回してもジルの姿はない。彼女ならアイリの顔を見た瞬間に飛びついてきそうなものだが。
「デルドと一緒に材料集めに出かけてるよ。戻るまで、もうちょっとかかるかな」
ジャネットは後頭部をぽりぽりと掻きながら、ふと思い出したように言った。
「ちょうど材料が足りないところなんだ。よかったら、君も手伝ってくれないか? 見たところ新人っぽいし、バイトってことで」
「いいですよ。」
ちょうど仕事を探していたところだし、願ったりかなったりだ。
「じゃあ、この袋を持って材料店に行ってくれ! 『黒岩トカゲの眼球』を百個、頼む!」
そう言って、ジャネットは小さな袋をエリィに投げ渡した。
「金貨は足りるはずだよ、よろしくね!」
「了解っ!」
袋を受け取ったアイリは、かつて空間バッグを購入したあの店へと足を運んだ。
店主はジャネットの古い知り合いらしく、アイリの注文を聞くと、すぐに材料を用意してくれた。今回の買い出しでは、三立方メートルの空間バッグが大活躍。まだまだ余裕で詰め込める。
やがて、アイリは材料と残った金貨袋を持ってジャネットの屋敷へ戻った。
「……実は、もうひとつお願いがあってね」
再び後頭部をかきながら、ジャネットがそっと口を開いた。
「町の東に三十キロ行ったところにある“古戦場”って場所で、“巨人の骨”を拾ってきてくれない?」
「古戦場……巨人? それって何ですか?」
「ふむ、昔――“タイタン”って呼ばれる巨人の種族がいたらしくてね。今は絶滅してるけど、忘却者の大陸にはその遺骨が時々見つかるんだ」
「あの場所には、古代生物の骸が大量に眠ってる。運が良ければ、タイタンの骨も見つかるかもしれない」
「……材料店ではダメなんですか?」
「これは私の個人研究用だからね。少量しか要らないし、店にはまず置いてないよ」
「なるほど……」
アイリは頷いて、念のためにもう一度確認した。
「他に必要なものはありませんか?」
「今のところは大丈夫だよ」
「じゃ、行ってきますね」
アイリは扉を開けて出ていこうとし、振り返ってもう一度尋ねた。
「……東に三十キロ、で合ってます?」
「うん、そう。君が戻るころには、あの子も帰ってきてるはずさ」
アイリは静かにうなずき、ドアを閉めた。再び訪れる静寂。壁の魔法灯が「チチッ……」と音を立てて、微かに明滅していた。
――しばらくして。
材料をいじりながら、ジャネットがぽつりと呟く。
「あの子……新人だったよな?」
「……しまった、一人で古戦場に行かせるなんて……」
橙色に光る瞳が、不安げに揺れた。
「ま、まぁ……たぶん……大丈夫、だよね……?」




