第一話 私は遺忘者?(2)
「珍しい名字だな。」
ランプ男はうなずきながら続けた。
「じゃあ今から“新生指導者”のところに連れていく。あいつが、オレたち“遺忘者”について色々教えてくれるから。」
「はぁい……」
自分が死んだという現実。しかも転生して“遺忘者”になったっていう謎展開に、アイリの脳はしっちゃかめっちゃか。
――でも、これは新生者ならみんな通る道。困惑、混乱、そして指導。だからこそ“新生指導者”という役割があるのだ。
「こっちだ。」
ランプ男はくるりと背を向け、密室の出口へと向かった……が、数歩で立ち止まり、振り返ってこう言った。
「……で? なんでずっとそのスコップ持ってんの?」
二人は尖塔の第二層へとやってきた。そこには、新しく生まれた遺忘者たちに知識を教える専門の“導師”たちがいた。
ランプ男は、灰色の鉄仮面をつけた導師にアイリを預けると、さっさと立ち去っていった。
その導師は、オレンジ色に光る目でアイリをじっと見て、口を開いた。
「私はこの第二層・図書室の主任、クエルマンだ。いやあ、新人を見るのは久しぶりだな……まあ、ラッキーだったな。今ちょうどヒマなんだ。」
「でも、わたしはヒマじゃないんだよね~」
「なんて生意気な新人だっ!?」
主任は思わず叫んだが、すぐに言葉を切り替えた。
「……よし、じゃあ面倒な説明はナシだ。」
「何か“特別なスキル”があったか、思い出してみろ。それが今後の職業選択に役立つはずだ。」
「スキルかぁ……」
アイリは目を閉じて、失われた記憶の中に意識を沈めた。なにもかも忘れている……はずなのに、どこか“知ってる”という感覚が残っている。不思議だ。
「ちょ、ちょっと!? な、なんでスコップを振り上げる!?」
「なんとなく分かってきたよ。たぶん……わたし、前世では“魔法使い”だった!」
「ま、マジで!? っていうか、信じるからスコップ振るなあああっ!!」
「おっけ~。」
――この新人、暴力的すぎない!?
なんなの? ちょっとでも緊張するとスコップ構える病気なの!?
クエルマンは冷や汗をかきながら説明を続けた。
「そこに本棚整理してる導師たちがいるだろ? 長髪の女導師が魔法担当のエイヴァ。あとの二人、男の方が戦技のドクエと、生活知識のサックだ。」
「まずはサックに生活常識を学んでから、エイヴァに魔法を教わるといい。」
アイリはコクンとうなずき、スコップ片手にサックの元へと歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、クエルマンは――なぜだか強く確信した。
(この子、いつかとんでもないことをやらかす……絶対に。)
……で、未来がどうなるかはさておき、
サックにとっては“今この瞬間”がすでにヤバい。
「説明は短く、わかりやすく。余計な言葉は要らないよ。」
スコップをゆらりと振るアイリが、淡々と続ける。
「それが守れないなら……どうなるか、分かってるよね?」
若干ビビりながら、サックは口を開いた。
「……ここは“遺忘者大陸”と呼ばれている場所だ。だが“大陸”とはいっても、全体の一部分に過ぎない。特殊な死の気配が充満していて、骸骨、ゾンビ、リッチ……とにかく不死生物が集まってる。」
「その中でも特に異質な存在が――私たち“遺忘者”なんだ。」
「ふーん。」
「対して、“生者大陸”ってのもある。そっちには人間やエルフ、ドワーフ、獣人なんかが暮らしている。で、生きてる者が死んだとき、ごく低確率で、この“尖塔”で遺忘者として転生するんだ。」
「死因は問わない。無念でも寿命でも、関係ない。ただ、前世の記憶はほとんど失われる。だから、生者への執着も残らない。――それが遺忘者の基本だ。」
「私たちには寿命がない。魂の火が消えない限り、永遠に存在できる。だから文明も独自に発展してるってわけ。」
「ほうほう。」
「で、遺忘者の命は、“食事”じゃなくて“魂の火”で保たれてる。」
「でも、さっき心臓がドキドキしてたよ?」
「ああ、それはな。心臓に“魂の火”が宿ってるからだ。活動的になると、炎は活性化してドクドク動く。逆に疲れたり、怪我したりすると弱ってく。これが“魂力減衰”だ。完全に炎が消えたら……消滅する。存在そのものが、完全に。」
「……ふつうの死よりエグくない?」
「だろ? あと、炎が弱ってくると、目も暗くなる。だから他の遺忘者の目を見れば、体調もわかるんだ。」
「なるほどね。」
「……はぁ、よし、言うこと全部言った。あとは他の導師に任せる。」
「ほんとに全部?」
スコップ、またゆらり。
「ご、ごめんなさいっ! こ、これ……疲労時に使う“魂の火”回復ドリンクですっ! お近づきのしるしに……」
「2本。」
「は、はい……どうぞ……!」