第六話 初めての街?(3)
「ふぅん……じゃあ、また今度、中を探索するチャンスもありそうね」
アイリはコクリと頷いてから、サスに向かって言った。
「あなたはそのまま墓の中で待ってて。次に来たときにまた会いに行くから」
「……うむ」
サスは静かに骸骨の頭を軽く動かすと、何も言わずに背を向けて、闇の中の地下墓地へと歩き去っていった。こうして、アイリたちは“無料のボディーガード”を手に入れたわけだ。
今後、地下墓地にお宝探しに来るときも、少しは安全になるだろう。
サスの姿が暗闇に飲まれていったのを見届けたあと、エリィはその場にドサリと座り込んだ。
「姉御!? だ、大丈夫!?」
ジルが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫……ちょっと、休むだけ」
エリィは微笑みながら言った。
《死息精製》を使ったことで、エリィの魂の力はほとんど空っぽになっていた。身体から力が抜けるような脱力感が全身を包み込む。
まさか、アホンから騙し取った魔導書がこんなに早く活躍するとは――
そう思うと、なんだかツイていた気すらしてきた。
あの本に記されていたのは、現代魔法とはまるで体系の違う「古代魔法」。
最初は、ただ面白そうだからって騙して手に入れただけだったのに……まさか、こんなに簡単に習得できるとは思わなかった。
《死息精製》は、もともと攻撃力のある魔法ではない。
しかも、発動中は一切動いてはならないという欠点もあり、戦闘向きとは言いがたい。
だが、この魔法の真価は――
周囲に漂う「死の気配」、あるいは死に関連する物質を吸収し、それを強力な破壊エネルギーへと精製する点にあった。
集められる死の気配が多ければ多いほど、得られる破壊力は高くなる。
ただし、精製にかけられる時間は最大十秒。任意で途中で止めることもできる。
つまり、この短い時間の中で、どれだけ“死”を集められるかがカギだ。
今回の墓地は、それほど濃厚な死の気配があるわけではなかった。
実際、アイリが精製できたのは、わずか二〜三秒ほど。
――通常なら、デスナイトに致命傷を与えるほどの力にはならない。
だがそのとき、予想外のことが起こった。
彼女が持っていた「錬金素材」が、一斉に魔法に吸い込まれたのだ。それらは、強い死の瘴気を帯びた土地でしか採取できない貴重な素材で、それ自体が極めて濃密な「死のエネルギー」を含んでいた。
それらすべてが、一瞬で精製に使われ、純粋な破壊エネルギーへと変換された。
もしあのとき、素材を空間バッグに入れていたら、この効果は発揮されなかったかもしれない――
まさに奇跡的な運の良さだ。
精製が完了した瞬間、その力は次の魔法に全て注ぎ込まれる。
それが、アイリの《シャドウアロー》があれほどの威力を持った理由だった。
もともとヒビが入っていた頭蓋骨に、数倍に強化された魔法が直撃し、
砕け散ったのは、ある意味当然の結果だ。
敵と出会い、偶然のように頭を射抜き、偶然のように魔法が成功し、
そして偶然のように敵を仕留めた――
外から見れば、それはまさに「運が良すぎる」展開だった。
だが、デルドの見解は違った。
たしかに運はあった。だが――
初動で頭を狙い、仲間との連携で相手の思考をかき乱し、フェイントと演技で相手を誘い込み、逆に出し抜いた……
――あれは、明らかに「作戦」だった。
デスナイトが敗れたのは、運ではない。彼の慢心こそが、最大の敗因だった。
(……このチビのゾンビ娘、マジで怒らせないほうがいい)
デルドは内心でひたすらそう思った。
うっかり敵に回したら、何が起こるか分からない。
ジルが最後の回復ドリンクを飲み干していたため、アイリは地面に座ったまま魂力と魔力の回復を待つことにした。
眠れば早く回復できるが、この場所では到底、安心して眠ることなどできない。
「……あたし、足引っ張ってばっかりで……ごめんなさい」
ジルが項垂れた。勝利の喜びも、今はもう半分以上しぼんでいる。
「ジルは全然、足引っ張ってなんかないよ」
アイリは優しく微笑みながら、ジルの頭をポンポンと撫でた。
そのやり取りを見たデルドは――
(今だ!)と、判断した。これは距離を縮めるチャンス。
彼はバッグから飲み物のパックを取り出し、そっと差し出す。
「……ほら、これ。万能型の補給ドリンクだけど、少しは体力戻ると思う。
村に戻ったら、ゆっくり休めるだろうしな」
アイリは彼を見て、少し驚いたような顔をしたあと、素直にお礼を言った。
「じゃあ……ありがと」
(しまった……もしかして下心バレた!?)
デルドの内心は冷や汗まみれだった。
――まあ、汗は流せない体質なんだけど。
ひと休みしたあと、デルドは行きよりも早いペースで歩き始めた。
墓地から離れる足取りは、どこか逃げ腰だった。
こうして三人は、ようやく墓地を脱出し、そろってホッとため息をついた。
そのまま、遺忘者の村を目指して歩を進める。
途中、何体かの低級アンデッドに遭遇したが、大きな問題はなかった。
しかも、そのすべてをジルが一人で倒した。
もう、アイリの足を引っ張りたくない。
その思いが、彼女を突き動かしていた。
やがて――
三人の前に、そこそこの規模を持つ村が姿を現す。
この「遺忘者の地」では木材が非常に貴重なため、木造の家はほとんどない。
代わりに使われるのは、豊富に採れる灰色の石材だ。
そのせいで、村全体が遠くから見るとどこか陰鬱で重たい雰囲気をまとっているが……
そこに暮らす遺忘者たちは、そんなことまったく気にしていない。
むしろ、この“死の大地”にあるとは思えないほど、村には活気が満ちていた。
「ここがこの辺で一番近い遺忘者の村さ。ようこそ――『安寧町』へ!」
デルドが胸を張って紹介する。
「わぁぁぁー!」
アイリとジルは顔を見合わせると、喜びを爆発させて声をあげた。
「やったぁーっ! ようやくゆっくり休める場所だぁーっ!」
そう叫びながら、二人はデルドを置いてけぼりにして、
そのまま安寧町へと駆け出していった。