第六話 初めての街?(2)
魂の奥底から突き上げるような激痛を味わったデスナイトは、それきり逆らう気力を完全に失っていた。
彼はすぐさまアンデッドホースに命じた。
「止まれ。」
……デスナイトが情けない? とんでもない。魂に刻み込まれる痛みこそ、この世でもっとも恐るべき刑罰なのだ。
永遠の命を持つ彼にとって、一時の感情に流されて再びあの地獄を味わうなんて、意味のない行為。
――生き延びることこそが、何よりも大事なのだから。
アンデッドホースは主人の意図が分からなかったが、命じられた以上は従うしかない。
とはいえ、その眼窩に揺れる炎は、いまだ目の前の“遺忘者”を睨み据えていた。
そんな中、アイリは軽やかに骸骨の頭を馬の背の骨に向かって放り投げる。
「はい、ちゃんと説明してあげてね?」
デスナイトは自らの頭蓋骨を首に戻した。だが、その心中は複雑だった。
――この俺が……高潔なるデスナイトである俺が……まさか、こんなか弱い“遺忘者”に使役される日が来ようとは……ッ!
頭を取り戻した彼の姿に、アンデッドホースの炎も勢いを増す。
よし、今こそこいつらに地獄を見せてやる……!
……そう思った、その瞬間だった。
《彼女が……お前の、ご主人様だ》
――……は?
魂を介して主の言葉が伝わる。不死馬は混乱しきっていたが、主はそれ以上何も言わなかった。
《……まあ、そういうことだ》
……主がそう言うなら、仕方ない。
アンデッドホースは諦めたように心の整理をつけた。
要するに、目の前のこのアンデッド少女は、敵ではなく――むしろご主人様の「ご主人様」。
その瞬間、炎のごとき眼光は、すぅっと落ち着いていった。
「ふふっ、ちゃんと説明できたみたいね?」
敵意の消えた馬の瞳を見たアイリは、にっこりと笑いかける。
「ねぇ、あなたの名前は?」
彼女には魂から全情報を引き出す力がある。だが――こういうのは、やっぱり自分の口で聞きたい。
「……サス。」
骸骨には声帯がない。だからその声は、魂の声として直接届いた。
その時、そばにいたデルドの顔が引きつった。
アイリが、このデスナイトに《魂の刻印》を刻んだことが信じられなかったのだ。
彼女は自分より格上のアンデッドに対して――それもデスナイトに対してだ。
これは狂気の沙汰だ!
ただの骸骨じゃない。百体のスケルトンを相手にしても一蹴できる存在――それがデスナイトなのだ!
だが、もう一人。場にいたジルは驚くどころか、元気いっぱいに跳ねていた。
回復ドリンクで少し元気を取り戻した彼女は、瞳に宿る橙の光を取り戻し、ぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ。
「さっすが 姉御!! やっぱり最強~!」
ジルにとって、どんな時でもアイリは最強。これはもはや常識である。
「ところでサス、あんたさ、どこの階層から出てきたの?」
地下墓地の“地元民”がいる今、アイリはこのチャンスを逃すつもりはなかった。
「……第三層。」
「え、モンスターって外に出てこれるの?」
「いや……そんな話は聞いたことがない」
デルドも困惑した様子で言った。
「……どうやら、私は墓地で生まれたアンデッドではないようだ」
サス自身も戸惑いを隠せないでいた。
(つまり……墓地以外で生まれたアンデッドは、自由に出入りできるってこと?)
アイリは、これはかなり有用な情報だと感じた。
「じゃあ、地下墓地って全部で何層あるか知ってる? 中には何があるの?」
「……何層あるかは分からない。中に何があるかも……あまり興味がなかったから覚えていない」
サスにとって、宝とか興味の対象ではない。
彼の目覚めた時間は、狩り・食事・そして眠り。それが日常だった。
墓の外に出たのも、墓荒らしを追っていただけ。なければ出ることもなかっただろう。
――だが、初めての墓地外での遭遇がエリィたち。
そして、魂の刻印まで刻まれるとは……ついてないにも、ほどがある。