第五話 強敵、現る?(3)
一定の実力を持つ遺忘者・アホンですら、あっさりと逃げ出した。
残された三人は――自然と身構えた。
地穴の奥から響く音は、明らかに“何か”がこちらに向かってくる予兆だった。
今さら逃げるには遅い。
アイリたちにはアホンのような瞬間移動スキルなどないのだ。
しかも――あの音の速度。
“アレ”は間違いなく速い。
「背中を見せて逃げるくらいなら、正面から迎え撃つ。」
アイリはスコップをぎゅっと握りしめた。
三人はすぐさま隊列を組む。
耐久に優れるデルドが正面に立ち、エリィとジルは左右に配置。
何かあったとき、すぐに対応できるように。
しかし、音が最大に達した――その瞬間。
「……あれ?」
ジルが声を漏らす。
「音、止まった?」
「しっ!」
アイリが静かに人差し指を立てる。
三人の視線が地穴に集中し、周囲の空気が凍りつくような静寂に包まれた。
そして――
「コツ、コツ、コツ……」
足音が再び響く。
だが、今度はゆっくりと、まるで“登場”を演出するかのように。
最初に現れたのは、ツルツルと光る頭蓋骨だった。
無造作に、そして堂々と、アンデッドが姿を現す。
周囲の存在など意にも介さず、悠々と歩みを進める――
その瞬間。
「ヒュッ――バゴォン!」
アイリのスコップが唸りを上げて飛んだ。
炸裂するような衝撃音。
付与されたエンチャントが再び発動し、強化された破壊力が骸骨の首を直撃!
首骨が砕け、頭部はジルの足元へと転がっていく。
ジルが即座に拾い上げ、後方へ下がった。
……そのとき、完全な姿が見えた。
骸骨の下半身には、骨だけで構成された“不死の戦馬”。
そして三人の脳裏に同時に浮かんだ単語――
「デスナイト……!」
通常なら地下三階以降に出没するはずの高位アンデッドが、なぜここに?
どうやら、墓穴深部の盗掘者を追って地上まで出てきたらしい。
そして――目の前にいたエリィたちが“自分を待ち伏せしていた”と勘違いしたのだ。
「フン……この俺を待ち伏せとは。身の程知らずどもめ。」
本来なら、デスナイトはその高貴な存在ゆえ、雑魚など眼中にない。
だが、登場と同時にスコップで頭を吹き飛ばされた。
「……貴様ら、下等生物が……!!」
デスナイトの魂が怒りに咆哮する。
その影響で、頭を持っていたジルが眩暈を起こす。
魂火が大きく揺らぎ、ダメージを受けた。
不死戦馬が地を蹴る!
瞬間的にトップスピードに達し、ジルへ一直線!
「シャドウアロー!」
アイリの放つ紫の矢が炸裂。
ダメージは小さいが、戦馬の速度をわずかに落とすことに成功する。
「デルドっ!」
ジルが耐えながら、頭部を投げた。
「わあああっ!?」
デルドは慌ててキャッチ。そのまま意外なほど俊敏な動きで後退!
(……動けるじゃん、あのデカブツ。)
ジルが密かに感心した。
その間に、エリィはスキル《ダッシュ》を発動!
スコップを回収し、再度を撃ち込む!
デスナイトは振り返ることもなく、目はただ――“自分の頭を奪った者”を捉えていた。
怒りが限界を超え、不死戦馬が急停止。
そして即座に方向転換――デルドへ突進!
「アイリッ!」
デルドは絶体絶命のタイミングで、頭部をアイリに投げ返す!
「はいよっ!」
キャッチしたエリィは後退しつつ、スコップを振り下ろす!
「ガンッ!」
砕けはしなかった。だが――
「……ヒビ、入った。」
彼女の口元がふっと笑みを浮かべる。
次の瞬間――
「ジル、パスっ!」
吼えろおおおおおおおおおっ!!
デスナイトの怒りが爆発!
戦馬が再びジルへ突撃!
「デルド!」
「アイリ!」
「ジル、お願いっ!」
魂の咆哮が空気を裂く。
「デルド!」
(おのれ……頭を投げ物扱いしやがって……!)
本来、威厳の象徴である頭部が、今やただのボールのように投げられ続けている。
「アイリっ!」
……誇りなど、どこへ行ったのか。
(バカにしおって……!)
だが、次の瞬間――デスナイトが動きを止める。
じっと、こちらを見ている。
「……追ってこないの?」
エリィがじわじわと後退しつつ、挑発するように言う。
「もしかして、ビビってる?」
それに応じるように、戦馬が突然加速!
「ジルっ!」
エリィが頭部を投げた――
「ハッ、策に溺れたな!」
デスナイトは思わずほくそ笑む。
戦馬はエリィの方向をフェイントにしつつ、空中で急旋回し、ジルを狙う!
だが――
ジルは踏み込んだ。
手にした長剣を振りかざし、戦馬の側面に斬りかかる!
(なめるな、下等が……!)
戦馬はジルごと弾き飛ばす!
「ドゴォン!」
衝撃に吹き飛ばされたジルが地面に叩きつけられる。
だが――
(な、なんだと!?)
頭部は――まだエリィの手の中だった!
(……や、やられた!?)
魂火が震える。
(お、落ち着け……あんな奴ら、所詮は雑魚……!)
だがそのとき、エリィの顔に浮かんだ“あの笑み”――
デスナイトにとって、それは見てはいけないものだった。
《古代魔法・死息精製》――チャージ完了。
アイリは、頭蓋骨のヒビにそっと指を当てる。
「シャドウアロー。」
「――ゴオォォォン!!」
紫の閃光が爆ぜる。
その瞬間、墓地一帯が、まるで夜明けのように眩しく照らされた――。