第五話 強敵、現る?(2)
この地下墓穴の名は《グラ王の墓》。
いつの時代に作られたのかは定かではなく、かつて王族の血を引く者たちのために建てられた、特別な埋葬所だという。
内部に満ちる死の気配は、地上よりもはるかに濃い。
深く進めば進むほど、その濃度は増し、危険度も跳ね上がっていく。
デルドですら、この墓穴がどこまで続いているかは分かっていない。
だが一つだけ確かなのは、奥に進めば進むほど、より強力なアンデッドが潜み、まだ誰にも見つかっていない数々の宝が眠っているということだ。
だからこそ、この場所は多くの遺忘者にとって“冒険の聖地”として知られている。
中には、貴重なアイテムを手にして帰還した者もいる。
特に地下一層と二層に関しては、敵もそれほど強くなく、数も限られているため、初心者の遺忘者たちが“魂の強度”を鍛えるには絶好の場所とされていた。
たとえ宝が見つからなくても問題ない。
死の気配が濃い場所では、自然と“錬金素”と呼ばれる物質が発生することがある。
じっくり探せば、それだけでも十分な収穫になる。
要するに――“レベリングと素材集めに最適”なスポットなのだ。
……とはいえ、最近は新しく生まれる遺忘者の数が減ったせいか、以前ほどの賑わいはなくなってきている。
そんな中、アイリの目がキラキラしているのを見て、デルドは少し困ったように付け加えた。
「でもさ、今の君たちの実力じゃ、地下墓穴に入るのはまだ危険かも。まずは村でスキルを覚えてからのほうがいいと思うよ。」
「そっか……」
アイリは好奇心いっぱいだったが、決して無茶はしないタイプだ。
遺忘者にとっては“永遠の命”があるのだから、何よりも優先すべきは安全なのだ。
――そのときだった。
墓穴の入口の影から、何かの“頭”がひょっこりと顔を出した。
三人の会話は止まり、全員がそこに視線を向ける。
その“頭”は左右を見渡し、アイリたちの姿を確認すると、ぱちぱちと目を瞬かせ――
「ぱっ!」という音を立てて、勢いよく飛び出してきた!
彼は地面に着地し、手についた埃をはたきながら、にっこりと笑った。
「ははははっ! こんにちは~!」
橙色に光る目――彼は人間型の忘却者だ。
見た目は二十代くらいだが、忘却者は歳を取らないため、実年齢はまったく分からない。
身に着けているのは、少し古びたが高級そうな軽装のレザーアーマー。
挨拶を終えた後、彼は自分の服をパタパタとはたきながら名乗った。
遺忘者同士は、リッチキングによって定められた“法”によって互いに傷つけることを禁じられている。
しかもここは忘却者の村の近く。何か悪さをすればすぐにバレる。
つまり、アイリたちは特に警戒する必要もなかった。
「……アンタ、誰?」
エリィが首をかしげて尋ねる。
「見ての通り、冒険者さ~。名前はアホン。君たちも探検に来たの?」
「パッチワークトロールと、ちっちゃい子ふたり……あんまりそうは見えないけどね~」
馴れ馴れしく、勝手に会話を始めるアホン。
「俺たちは錬金素材を集めに来ただけだよ。」デルドが答える。
「あー、思い出した! 君、ジャネットっていう錬金術師の従者だったよね?」
「主人のこと、知ってるの?」
「いや~名前を聞いたことがあるだけだよ!」
「そうなんだ……」デルドはこくりと頷いた。
そのとき、ジルが前に出て尋ねた。
「ねえ、大叔父さん、地下墓穴で何か見つけたの?」
「だ、大叔父さん!?」
アホンの顔が引きつる。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん、それはないでしょ!? この若々しさ、どう見ても“お兄さん”でしょ!?」
ジルはアイリを指さしてこう言った。
「こっちはアイリ姉御。で、あんたは……大叔父さん。」
「おかしいだろ、その分類っ!!」
アホンの顔が完全に崩壊した。
アイリは墓穴から帰ってきた忘却者に興味を持ち、問う。
「で、何か面白いの見つけた?」
「ふっふっふ~。実はな……今回は大当たりだったんだよ!
地下四階で、古い魔法書を見つけたんだ!」
「ええっ!?」
ジルが素直に驚きの声を上げる。
「しかもただの魔法書じゃないぞ?
導師ですら教えてくれないような、超レアな魔法さ!」
「本当?」
「もちろんさ! これをマスターしたら、図書館に高値で売りつけてやるんだ~!
一攫千金間違いなし! はっはっはっ!」
「……偽物じゃないの?」
「絶対違うって!」
「じゃあ、ちょっと見せてよ。」
「……挑発か? ……まぁ、見せるだけならいいけどね!」
アホンは得意げにボロボロの魔法書を取り出し、差し出した。
「これだっ!」
ジルが受け取ってページをめくるが、すぐに眉をひそめた。
「アイリ姉ちゃん……読めない。」
「貸して。」アイリが本を受け取ると、アホンはドヤ顔で言った。
「ふっふっふ……君たちみたいな新人には、読めたとしても使いこなせないよ~!」
忘却者の成長は早いが、高度な魔法はそう簡単に習得できるものではない。
だからアホンは安心して見せびらかしていた。
だが――
アイリは本を手に取り、素早く目を通した。
(……ふむ、このルーン構成、確かに独特だな)
「ど、どうだった!?」
アホンが食い気味に聞く。
「……まあ、魔法書であることは間違いないね。」
「パタン」と本を閉じて返却。
アホンは嬉しそうにそれをバッグに大事そうに仕舞い込む。
「これ、地下四層の超レアアイテムだからね!
新人諸君、いい勉強になったでしょ~? ふっふっふっ!」
口は悪いが、実力は本物のようだ。
三階以降は一気に難易度が上がるという話だし、そこを越えてアイテムを持ち帰るのは、相当な力がいるはずだ。
――そのとき。
「コッ……コッ……コッ……」
地下墓穴の入口から、四足歩行の何かが近づく音が聞こえてきた。しかも、徐々に近く、はっきりと――
「な、なんだと……?」
アホンの笑顔が凍りつく。
入口をチラリと見た後、再び笑顔を作り――
「そ、それじゃ、俺は用事を思い出したので失礼するねっ!」
言うが早いか、彼の体が霧のようにふっと消えた。
遠くから、声だけが届いた。
「じゃあね~! ちびっこたち~!」
アイリたちが振り返ったとき、アホンの姿はもうどこにもなかった。
「ず、ずるいっ!」
ジルが叫ぶ。
「みんな、警戒して! ……なんか出てくるよっ!」
デルドの声が緊迫した響きを帯びていた。