第四話 そのトロールですか?(1)
アイリが転生の塔を出てから、彼女はすぐに一人ではなくなった。
彼女が昨日ジルと約束した場所に到着する前から、
あの小さな地精の遺忘者は、もうずっとそこで待っていたのだった。
「おおっ、姉御ッ!!」
遠くから歩いてくるアイリの姿を見つけたジルは、勢いよく手を振る。
なんと――
昨日までアイリと同じような簡素なインナー姿だったジルが、
今日は真紅の軽装鎧に、黒のショートパンツという出で立ちへと変貌を遂げていた。
武器は精製されたロングソードに、
光沢のある小さなアイアンシールド。
真っ赤なショートヘアとの相性も抜群で、
小柄ながらも颯爽とした戦士スタイルが完成していた。
「ふふ、なかなかいい装備じゃん?」
アイリはジルの姿を見て、目を細める。
「ぜんぶ姉御のおかげッスよ!
あの硬皮ゾンビ、めっちゃいいトレードになったッス!!」
「今日はチャージスキルの練習だったよね?」
「うんっ!」
「でも私、教えるの苦手だから……
一緒に戦いながら学ぶってスタイルでいい?」
「もちろんッス!」
「それと――」
「はいッス?」
「私、もう……転生の塔には戻れないんだよね」
「えっ!?」
ジルの目が丸くなる。
「それで、導師が言ってた遺忘者の村に行くつもりなんだけど、一緒に来る?」
「いいよ!」
ジルは即答だった。
「わたし、もう決めたもん。姉御についていく!
どこへでも!」
「へぇ……」
アイリは少し驚いたような顔をしたが、
すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、とりあえずこの辺りにある遺忘者の集落を目指しつつ、
チャージの練習相手になりそうなおバカスケルトン探そうか」
その言葉に反応するように、地面から**カラカラ……**と音がした。
――まさにスケルトン登場。
数体の下級スケルトンが、土を割ってのそのそと出てくる。
「言ったそばから出てきたよ~、スケルトン♪」
「ね、姉御ぉ……五体いるッス……」
ジルはちょっぴり腰が引け気味。
でも、アイリの口元がニヤリと上がる。
「平気だって♪ さぁ――行くよっ!」
スコップをブンと振りかざし、
「魔法使いチャージッ!!」
アイリが突っ込む!
「せ、戦士チャージッ!!」
ジルもそれに続いた!
スキル使用に声は要らない。
でも、叫ぶことで自信が出るなら、それでいい。
どうせ相手のスケルトンは、何言ってるか理解できないし。
――数日後。
アイリはひとり、「魂力補給ドリンク」のストローを口にくわえ、
「ズズズ……」と静かに飲んでいた。
隣ではジルが、ぐっすりと眠っている。
幾度もの戦いを経て、ふたりの魂力はだいぶ減っていた。
眠れば回復できるが、今は野外。うかつに眠れば、命取りになりかねない。
なので、ふたりは交代制で警戒&睡眠を繰り返していた。
補給ドリンクの節約にもなるしね。
ちなみにジルは、下級スケルトン程度ならもう余裕。
いざという時は、すぐにアイリを起こして対応できる程度には成長していた。
しかし――塔を出てから、すでにかなりの日数が経ったというのに……
風景は、まったく変わらなかった。
空は灰色、大地も灰色、岩も灰色、乾いた大地には裂け目が走っている。
どこまで歩いても、同じ景色。
出会う敵も、ほとんどがスケルトンかゾンビ。
例の“死の気配の渦”のようなものにも、それっきり遭遇していない。
とはいえ、遺忘者にとって**“待つ”ことは苦ではない。**
永遠の時を生きる彼らにとって、数日なんて瞬きみたいなもの。
ドリンクは無味無臭。
これが製品仕様なのか、それとも自分の身体が死んでるせいなのか――それはわからない。
でも「待ってる間に何か食べたくなる」という本能は、遺忘者にも残っていた。
「……まぁ、焦らなくていいか」
ドリンクをちびちびと啜るアイリ。
時はゆっくり流れる。
隣のジルは依然として深く眠っており、目覚める気配はなかった。。
そして――その時。
ふたりの前方に、異様に肥満した影が現れた。