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12 見放されたおりか

「なにこれ……。VRの空間になってる……」


「『ぶるーとす』を持っている時はそんな空間に見えるの。じゃあ次は、『ぶるーとす』でなにかを描いてみて。いつも描いているように」


「描くって……。インクの色は? 太さは? 回転はどうやって操作すればいいの? いつももうひとつコントローラーがあって、それでいろいろ調整してるの」


「今持っている『ぶるーとす』の親指のほうの上をぎゅっと押してみて。そして、押しながら現し世でいうコントローラーをイメージしてみて」


言われる通りに押してみる。

すると、左上のほうにコントローラーみたいな映像が浮かんできた。


「見えた? 見えていたら、左手でそれを適当に触ってみて。あとは感覚で」


おりかは言われた通り左手でコントローラーのようなものに付いている黒い点を触ってみる。

すると大きさの違う点が現れた。


「あ、これがペンの太さか」


次にパレットのようなマークがあったので、それを触ってみると、バァーと色見本のチップのようなもの並ぶ映像が見えた。


「これで色を選ぶのね」


ほかにもペンマークがって、それを触るとペンの種類が現れた。

とりあえず、少し太めの赤のインクでリンゴを描いてみる。

まずは線で描いてそれを左手でくるくる回しながら立体的になるよう色をつけてみた。

簡単だ。いつもと同じように描けばいいだけだ。


「意外に簡単だった。要領が分かれば、画を描くのは問題ないと思う」


「さすが。そこはクリアね。じゃ次。『ぶるーとす』を持ったまま、部屋の右隅の天井を見て」


見ると、そこには大きな壺が下げられていた。


「その壺を私の前のテーブルの上に置いて」


「置く? ん? どういう意味?」


「壺をここへ持ってくるための道具というか、仕掛けというか、そういうものを描いてそれを使って壺をここに持ってきて。あなたが描いたものは、実際に触れるようになるの」


そう。おりかが描いたものは、そのまま実在のものとなるのだ。


「例えば、壺のところまでの階段を描いて、あなたがその階段を上って、次にハサミを描いて壺が下げられている縄を切る。とかね」


「……信じられない。描いたものに触れることができるなんて……こんなの嘘……みたい……」


そう思っていると、急にまわりの光が消えてきた。


「あーあ。心で念じるのをやめたでしょ。疑ったでしょ。『ぶるーとす』ががっかりしてパワーを切ったんだわ」


「え、え、え。そんな。すみません。『ぶるーとす』ごめん。もう一回念じるからっ」


おりかがそう言っても、念じても『ぶるーとす』は反応しなかった。


「ま。今日はこんなもんね。最初に言ったでしょ。心で描くって。『ぶるーとす』の機嫌が悪くなったら、しばらくは描かせてもらえないの。明日またがんばろうー」


おりかは、右手にある『ぶるーとす』をじっと見つめた。ただの棒みたいに見えるのに、『ぶるーとす』には意思があるのか。



**********


その日の夜、三人はげっそりとした表情で夕食を食べた。リフォアナだけは元気で


「今日はなかなか成果があったわ。あなたたち、いい感じよ。このまま訓練を続ければアルデウス王国に行っても安心だわ。うんうん。上出来。ふふ」


と言いながら、上機嫌でフルーツをほおばる。


「全然上出来じゃないです」


訓練の途中で気を失ってしまった花音が泣きそうな声で言う。


「花音の能力が一番パワーを使うのよ。私の魔法も最初から織り込んだし。だから仕方ないの。落ち込まないで。少しずつ私の魔法を織り込んでいけば、そこまで体力は減少しないから」


「でも……。莉央ちゃんとおりかさんは、ちゃんとできたんですよね」


「できたっていうか、私は、途中で見放された」


とおりかが手を左右に振りながら言った。


「私は……。できたっていうか、なんというか」


莉央は、自分に魔法使いの血が流れていることをどう話していいのか分からず、返事をにごした。


「さ、今日はもう寝ましょう。三人とも力尽きそうだし、ね。明日また同じ訓練するのでよろしくね」


リフォアナの明るい言葉に、肩を落としながら三人は寝室へ戻っていった。



夜遅く。リフォアナは三人の状況を報告するためグラダナスのもとへと向かった。


「グラダナスさま、三人は思ったより能力もパワーも高いと思います。特に莉央は、魔法を使える血を持っています」


「魔法だと? 人間なのにか」


「はい。本人には自覚はないのですが、私の魔法を編み込む糸が見えるようなのです。この子の力は、アルデウス王国に行った際、三人を守る大きな力になると思います。いざという時には……」


「なるほど。分かった。ほかの二人は?」


「空間感知能力が高いおりかは、もう少し訓練を重ねれば『ぶるーとす』を使いこなせるようになるかと」


「『ぶるーとす』を? やつがおりかを認めたということか。めずらしい。しかし、訓練を重ねるといっても、もう時間はそんなにないぞ」


「はい。そこが問題かと。それなので技を学ぶというより、『ぶるーとす』と信頼関係を深めてもらうことに時間を割きたいと思います。技はあちらに行った後でも、『ぶるーとす』が教えることもできるのではないかと思っています」


「花音は?」


「彼女は……。持っている力が大きすぎるようです」


「大きすぎるとは」


「持っている魂の器より、能力のパワーが大きすぎるようです。私の制御魔法を織り込んでみたのですが、それさえ切り裂いてしまうほどの力を持っていました。パワーを制御しながら感知能力を使える訓練が必要かと思います。パワーの制御ができるようになるか、魂の器が大きくなるかなのですが、もう時間がないので、制御のほうを高めていく方針でいこうと思っています」


「承知した。よろしく頼むぞ。出発は一カ月後だ。これは変えられん。お前の力もいつ減退するか分からんからの。それと。お前の人間界でのカードバトルはシステムを止めておいたので、訓練に集中してくれ」


「はい。ありがとうございます。一カ月…………。彼女たちを信じます」

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