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第8話 新たな容疑者(前編)

「また振り出しか……」


 昨夜、火曜日の夜、ようやく指輪を盗んだ人物が判明したと思ったのも束の間、例の指輪はいまだにその輝きを陽介には見せてくれはしなかった。


 ……それにしても、いったい誰が?……。


 一夜明けた水曜日、オフィスで書類を作成する陽介の頭の中はやはりこの疑問でいっぱいだった。


 ……あいかわらず、連絡が取れないし……。


 普段は驚くほどすぐに返信が返ってくる幼なじみのトオルとはあいかわらず音信不通の状態だった。




 陽介は昨日までのことを振り返って、頭の中で整理した。


 ……まずは、盗まれた場所だ……昨日の件で、宝石売り場という可能性はなくなった。つまりは『自宅』か『会社』ということになる……。


 気がつくと、陽介は机の中からメモを取り出していた。


 ……この二つなら、やっぱり『自宅』になるだろう……。


 そう言うと、メモの上に書いた『自宅』の方を〇で囲った。


 ……だって、疑わしい人物が二人もいる……。


 そう言うと、『自宅』のすぐ横に『蘭』と『トオル』とメモをした。

 デパートの宝石売り場の赤坂の話を聞いたときには外していた容疑者のリストにいつの間にか『蘭』が復活していた。

「蘭さんが盗みにかかわったとは考えられない」と聞いたときは、妹を疑った自分を責めたが、今となっては、すっかり元通りになっていた。


 ……二人の共通点は、なんといっても僕からなにかを奪うことに心を痛めることがない、ということだな……。


 なんと悲しい分析だろう。

 だが、これまで積み重ねてきた人間関係を考慮すると、その分析は的確なもののように思われた。


 ……それに……そうか、その可能性もないことはない……。


 陽介は手にしていたペンを机に置いた。


 ……共謀して指輪を盗み、売ったお金を二人で分けた……。


 幼少期からずっと仲のよかった二人の姿が陽介の頭の中に浮かんできた。 

 今でも仲の良い二人は、トオルのバーでよく会っている。

 バーのカウンターで『してやったり』、とほくそ笑む二人の姿を陽介は想像してしまった。




 だが、そこまで思った時、陽介はふとあることを思いついた。


 陽介の視線がメモの上の二文字に釘づけとなった。




           『会社』




 ……ここで盗まれた、もしくはすり替えられた可能性はないのだろうか?……。




 そう自分に問いかけると、陽介は指輪がなくなった金曜日のことを思い返してみた。

 婚約指輪の入った赤の手提げ袋を持った陽介は出社後、人目につかないようにとすぐに更衣室のロッカーにそれをしまい、鍵をかけた。

 そしてデスクに向かい、みんなと挨拶を交わした。そのあと。


 ……たしか、すぐそのあと、課長に呼ばれて……午前中はクレーム対応でずっとお得意様のとこに行っていたはず……待てよ……あのとき、あの鍵は……。


 そこまで思い出した陽介は、おそるおそる斜め前に座る女性に目を向けた。






 彼女の名前は、内藤飛鳥といった。


 入社三年目、ストレートの長い黒髪は清楚な印象を与えた。

 自ら話しかけることは滅多になく、いつも一人で行動をしていた。

 だが、透き通るような白い肌や落ち着いた立ち居振る舞いは男たちの中で評判を得た。

 もちろん、陽介も他の男たちと同様に彼女に好印象を感じていた。


 だが、それはある日を境に変化せざるを得なかった。




「川野先輩って、彼女いるんですか?」


 残業を終え、駅に向かう途中で彼女がそうたずねた。


 陽介は照れながら答えた。


「それがね、内藤さん。こんな僕みたいな男でもいい、って言ってくれる心の広い、いや、少し『趣味の悪い』彼女がいてくれてね」


 『趣味の悪い』という表現は正しかったのだろうか? 

 少し言い過ぎただろうか?


 そう自問自答した陽介だったが、『趣味が悪い』と自嘲気味になるのも無理はなかった。


 それほど顔が悪いわけではないのだが、昔から女性とほとんど縁がなかったからだ。

 悪友のトオルとは正反対、彼女と呼べる存在は美香が初めてで、会社員になるまで女性と遊びに行ったどころか、会話をすることもほとんどなかったほどだった。


 だから、陽介は内藤飛鳥が言った次の言葉が現実のこととは思えなかった。




「そうですか、じゃあ別れてください。好きなんです、先輩のことが」




「え……」


 それが精いっぱいの反応だった。


 ……これはドッキリにちがいない……。


 そう思って辺りを何度か見回したほどだった。


「せ、先輩をもて遊ぶのはやめてくれないかな。内藤さんも冗談がすぎるよ」


 顔を引きつらせながらも、どうにか陽介は笑顔でそう答えた。


「決めてますから」決意に満ちた声で彼女が言った。「付き合ってくださいね」


 それだけ言うと、内藤飛鳥は一人で改札口に消えていった。

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