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第7話 赤坂さんが見つけた『犯人』

「どうもすみませんでした」

 

 陽介が部屋に入っていくと、金山というネームプレートをつけた女性がソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。陽介を個室に案内した赤坂も膝に頭がつくほど、深く頭を下げた。


 宝石売り場から少し離れたデパートの応接室で陽介は謝罪を受けていた。




 三十代後半、赤坂の部下であるその女性は髪をショートに切り、服装も清潔感が漂い、どこから見ても有能な店員だった。実際、陽介が婚約指輪を購入した際も赤坂の隣で指輪を見せてくれたのだが、非常に心地の良い接客だったことを陽介は記憶していた。




「日曜日、川野様とお話をしてからずっと考えていたんです」


 テーブルを挟んで陽介の目の前に座った赤坂が口を開いた。


「木曜の夜、この店で指輪を受け取った川野様は『自宅』で、翌日は『会社』の鍵のついたロッカーで保管をされていた、とのことでした。

 ロッカーの鍵が何者かに盗まれでもしないかぎり、『会社』での盗難は極めて可能性が低いことは明らかでしょう。

 ということは、つまり、『自宅』で盗まれたということになります。

 しかし、何度考えても私はそのようなことがあの川野様のお宅で起こったとは考えられないのです。

 常連のお客様としてお母様の人柄はよく知っています。

 もちろん、お母様だけではないですよ。

 何度かお見かけしたご主人様や娘さんの蘭さんが盗みにかかわったとは考えられなかったのですよ」


 胸を張り、陽介の目をまっすぐに見つめながら、赤坂が言った。


 それを聞いた陽介は、他人から『素敵な家族』と認められたようで誇らしい気持ちになった。だが、同時にうしろめたくもあった。




 ……赤坂さんは信じてくれているのに、僕は……蘭を疑ってしまった……。




 そう自分を責めていた陽介が、ふと斜め前に座る金山に目をやった。

 とんでもないことをしてしまった。

 口には出さないが、憔悴しきったその顔ははっきりとそう語っていた。


 ふーっと、小さくため息をついた赤坂が語りはじめた。


「私はもう一度考えてみました。ジュエリーケースが残されているのだから、盗まれた可能性が高い。

 しかし、その場合は『自宅』か『会社』ということになる。

 でも、どちらにも盗むような機会がなかったのではないか、と。

 そこで、この前、川野様に申し上げたもう一つの可能性に目を向けることにしました」


 赤坂がそう言うと、陽介はこの前の話を思い返そうとした。


 ……たしか、赤坂さんはもうひとつの可能性があると言っていた……。


「そうです。『すり替え』です」

 赤坂の声が少しだけうわずっていた。

「『自宅』でも『会社』でも盗むことが難しいのなら、『すり替え』ではないのか。

 しかし、そのためには盗まれた指輪と同じ手提げ袋とジュエリーケースを用意する必要がある。

 そんなものを準備することができる人物がはたしているのだろうか? 

 そう考えたているときに、川野様にはまことに申し訳ないのですが、私の頭の中にある人物が浮かんできたのです」


 そう言うと、赤坂が隣で俯く金山に目をやった。

 青ざめた顔をしており、膝の上に置いた両手が小刻みに震えていた。


 赤坂がゆっくりとした口調でこう言った。


「簡単に用意が可能なのです。彼女はこの店の店員なのですから」




 ……なるほど、たしかにこの店の店員ならすり替えるための商品を用意することは簡単だ……。


 陽介がそう心の中でつぶやいていると、赤坂がつづけた。


「入社以来、この金山は誠実でよく気のつく店員だったのですが……実は……この数ヶ月、休みを取ることが増えたり、疲れからかうっかりしたミスを連発していたのです。

 それで、もしかしたら、と考え問いただしてみたのです」


 赤坂がそう言うと、すぐに金山が椅子から立ち上がり


「すみませんでした」


と、頭を下げた。


 隣の赤坂もすぐに立ち上がり、同様に頭を下げた。



「……あの……」


 陽介が金山に質問をした。「どうして、僕の指輪を取ったんですか?」


 そう聞かれた金山は事情を話しはじめた。


「夫が自営で内装業をしているのですが、仕事中に怪我をしてしまい、数ヶ月前から入院をしているんです。

 仕事を終えてから病院に行かなくてはいけないうえに、二人いる子供の面倒もみなくていけません。

 元々、家事や育児を夫が手伝ってくれていたので、ここ数ヶ月、本当に生活が苦しかったのです。

 そのうえ……夫の収入がはいってこないなか、住宅ローンと夫の事業資金の借り入れ返済が負担になってしまい……」


 そこまで金山が話すと、隣の赤坂が質問をした。


「お金が足りなくて川野様の指輪を?」


「はい」

 力なく金山がうなずいた。

「日曜日、赤坂さんが『木曜日まで預かる』という話を聞き、ふと魔がさしてしまったのです。ジュエリーケースと赤の手提げ袋を用意して、あの指輪と交換して、そのお金で期日が来ていた返済のお金にあてようと」


 金山の話を聞いた陽介は指輪を奪った犯人を前にもちろん憤りを感じたが、生活に追われ苦しんだ末の行動に同情もした。陽介の心から責め立てる気持ちがなくなった。だが、その売却先だけは確認することにした。


「それで、あの指輪はどこで売却したのですか?」


「……」そう聞かれた金山は少し間を置いた。「いえ、あの……売ってはいません」


「え?」ほぼ同時に陽介と赤坂の口から驚きの声が漏れた。


「何を言ってるの? 金山さん……あなた、あの川野様の指輪を『すり替え』たんでしょう? だから、私もまさかあのジュエリーケースが空っぽだとはわからずに——」


「いえ、赤坂さん。それは誤解です」


「ご、誤解?」


「ええ、たしかにわたしは川野様のジュエリーをすり替えました。でも、それはほんの二日ばかりの話です」


「ふ、二日……」赤坂の顔が困惑していた。


「お金が必要だったのは夫の入院保険金の支払いが来るまでの二日だけでした。

 ですから、この店から持ち出した指輪でお金を借りて、すぐに元に戻したのです。その証拠に——」






 結局、陽介の婚約指輪は、二日間だけ離れたのち、元の保管場所に返却をされていたことが判明した。


「これが、その返却書類です」


 そう言いながら、金山が見せた書類には指輪を担保として借り入れた旨やその借入額、そして返却日が記載されていた。念のためにその書類に記載されていた業者に電話を掛けたが、すでに指輪の返却はされていた。


 バレずにすんだ、と思っていたのに、尊敬する上司である赤坂に問い詰められて嘘をつくことができなかった、と金山は涙ながらに答えた。


「本当にすみませんでした」


 最後に金山から謝罪を受けた陽介だったが、デパートをあとにすると空を見上げた。




「じゃあ、いったい誰が指輪を持っているんだ?」




 すっかり暗くなってしまった夜空を陽介は呆然と見つめていた。



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