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第2話 ぼ、僕の婚約指輪が……(後編)

「いただき!」


 すでに陽介のバターロールは妹である蘭の口におさまっていた。

 白のタンクトップに今にも下着が見えそうなピンクの短パンを履いていた。


「こらっ! 駄目じゃない、蘭!」


 ヒステリー気味に母が声を上げた。

 陽介に忠実なナナが蘭を見上げていた。


「いいよ、母さん」


 半ばあきらめ気味に陽介が言った。


 ……今にはじまったことじゃないから……。




 三歳年下の蘭は欲しいものがあると、誰のものであれ、さっと奪ってしまう。特に、相手が陽介だと躊躇のひとかけらもない。


「ヨウスケのものはわたしのもの。わたしのものはわたしのもの」


 このどこかで聞いた名言を、これまで何度聞かされたことだろうか。

 そう心の中でつぶきながら、陽介はコーヒーを口にした。


「ねえ、蘭。あなた、昨日何時に帰ってきたの? よくそんなに毎晩お金がつづくものね」


 半ば嫌味な口調で母が蘭に言った。

 母がそういうのも無理はなかった。私立の四年生大学を卒業後、蘭は定職につかず、二十六歳になった今もフリーターをしていたからだ。

 だが、フリーターにもかかわらず常に何かしらのお金を持っているようで、卒業後すぐに一年間ほどアメリカで生活をしていた。


「へへ、まあお金のことは安心して。ちょっとした()()()()()()があってさ」蘭がいたずらっぽい表情を浮かべた。「()()()()()()()()()()()


「ねえ、蘭。お願いだから警察にやっかいになるような仕事だけはやめてよね」母が口を尖らせて言った。


「そう言えば——」蘭が人差し指を立てて、ゆっくりと陽介に向けた。「ヨウスケ、昨日、デートだったんしょ?」


「え?」陽介の口から驚きの声が漏れた。ど、どうして知ってるんだ、こいつ。


「あれ? そうなの、陽介。ねえ、彼女いるの?」

 すぐに母が眉間にしわを寄せた。その皺は心配した時にいつも現れるものだった。


「違うよ。仕事場の飲み会だよ」陽介は嘘がばれないように、平然と答えた。だが、


「バカね、嘘ついてもダメよ。だって、ほら——」

 そう言うと、蘭は陽介の顔を指さした。

「鼻、触ってるじゃない。ホラッ、噓つくときの癖」


 そう指摘された陽介はいつの間にか触っていた手を鼻から離した。

 その様子を見て、蘭はヒャヒャという笑い声を上げた。

 慌てる陽介の肩に手をまわした蘭がたずねた。


「で、昨日はどうだったのよ? 楽しんできた? ふふ」


「な、なにいってるんだ——」


 そう陽介が言い返そうとした時、蘭の手が()()()()に目がけて伸びた。


「うわぁ!」


 思わずそう叫ぶと、陽介は椅子から立ち上がってしまった。


「こら! 蘭! 何してるの!」怒鳴りながら、母も席を立った。「陽介の股間なんか触って!」


「いいじゃない。確認しただけよ。元気かどうか」


 そう言うと、蘭はあっという間にリビングから出ていった。


「待ちなさい!」


 その姿を追って、母もリビングをあとにした。

 決して首を突っ込まない、と陽介が誓っている母と蘭の戦いが始まろうとしていた。






「はー……」


 気がつくと、陽介の口からため息が漏れていた。


「まったく、あの妹は——」


 そう言いかけた時、少し離れたところで陽介を見守るナナと目が合った。


『気持ちはワタシが一番わかります』


 陽介はその目がそう語っているような気がした。


 実は、ボーダー・コリーのナナを飼い始めたのは、妹の蘭だった。


「絶対、自分で面倒を見るから!」


 家族全員、満場一致で反対したが、『聞く耳』はどれだけ捜査員を大量に派遣してもどこにも見当たらなかった。


「誰にも迷惑かけない!」


 なんの役にも立たないことは重々承知の上、その旨の念書まで書かせた。


「うわ! かわいい! 死ぬまで一緒だよ!」


 だが、そう喜び、散歩に連れていったのは、残念ながらほんの一週間だけだった。


「イヤ。散歩、めんどう」


 その一言を蘭が言って以来、ナナはあっさりと『捨てられる』ことになった。

 もちろん、血統書付きの高額な犬を捨てるわけにはいかず、地球に重力があることと同じように、(当然のこととして)陽介が代わりにナナの面倒を見ることになった。


 全犬種の中で最も頭がよいと言われるボーダー・コリーのことだけあって、ナナはそのことを恩義に感じているようだった。




「指輪は……指輪はどこにいったんだろう……」


 例の件を思い出した陽介がそうつぶやいた。


 自分でなんとか探し出す。

 そう誓った陽介だったが、彼には致命的な欠点があった。

 問題がおこったとき、自らの頭で考えることが苦手なのだった。


「どうすればいいんだろう?」


 漂流者の気持ちが陽介にはわかった。

 暗い海を、どこまでも一人で流されていくような気持になった。

 不安だった。


「クーン」


 その様子を見かねたのか、ナナが陽介に声を掛けてきた。

 悲しげな声だった。

 心配そうな表情で雄介を見つめていた。


「ナナちゃん……ありがとう、お前だけだよ。僕の味方は」


 不安だった陽介だが、ナナに励まされ元気になった。




「ミカちゃんと結婚したい。そのために絶対に指輪を見つけ出す」




 消えた婚約指輪の捜索が今まさにはじまろうとしていた。



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