第14話 ようやく見つけた『犯人』の姿(後編)
赤坂から話を聞いた陽介は、二人だけで会うことにした。
陽介は膝の上に座らせると、ゆっくりとその頭を撫でた。そして、こう言った。
「ごめんね、気持ちをわかってあげられなくて」
だが、彼女はなにも喋りはしなかった。
じっと陽介の顔を見つめるだけだった。
やさしく頭を撫でていた陽介の手が、今度は彼女の肩に伸びた。
「よく考えたら、相談していたんだよね。結婚のこと」
それでも、彼女はなにも話そうとはしなかった。
まるで愛撫をするように、陽介の手を舐めただけだった。
手を舐められるのを見ながら、陽介がこうたずねた。
「ねえ、婚約指輪を『すり替え』たのは、君だったんだね?」
だが、それでも彼女は何も答えようとしなかった。
ただ、その手をある場所に置いただけだった。
「やっぱり、君だったんだね? 嘘をついてもダメだ。ほら、鼻に手を置いている」
さすがは世界で最も頭のよいといわれるボーダー・コリー。
飼い主の癖も身につけているようだった。
「婚約指輪を『すり替え』たのは、ナナちゃんだったんだね」
陽介がそう言うと、ナナは気まずそうな表情を浮かべ、鼻からその手をおろした。
「赤坂さんの言う通りだ。たしかに、ナナちゃんにプロポーズの相談をしていた。それにナナちゃんは、僕のことを愛して、ずっと一緒にいたいと思ってくれる賢い女性だ」
ばれてしまったのか。
雌のナナはまるでそう観念したように、陽介をある場所に連れていった。
「ほんとだ……赤坂さんの言う通りだ」
そこは母の部屋のクローゼットだった。
その中には赤の手提げ袋がいくつも置いてあった。
「川野様の奥様の性格からして、これまで購入されたジュエリーケースや手提げ袋は大切に保管されていると思いますよ。
特に、数年前にご購入していただいた銀婚式の袋は必ず持っておられます。
なんといっても、愛する旦那様からプレゼントしてもらったものですから」
母のことを知りつくした赤坂さんの推理はものの見事に的中した。
申し訳なさそうにしたナナが、袋のひとつの近くに行き、「クーン」と鳴き声をあげた。
「あった……僕の婚約指輪」
指輪を取り戻した陽介は事情を説明し、もう一度美香にプロポーズをした。
晴れて、美香の左手の薬指にシルバーの指輪が輝いた。
「これ、結婚祝い」
持った瞬間すぐにわかるほど、妹の蘭が差し出した祝儀袋は厚みがあった。
「ありがとう、蘭」
そう言って受け取ったものの、陽介はずっと心の中でもやもやとしていた。
……どうして蘭はアルバイトなのに、お金に困らないんだろう? それにバイトといっても、毎日働きにいっているわけではない……『割のいいバイト』、『特別なルート』ってヤバい仕事じゃないのかな……。
蘭の身の危険を案じた陽介はこう聞いてみた。
「なあ、蘭。気を悪くしないでくれよ。
少し疑問に思っていることを教えて欲しいだけなんだ。
お金に不自由してないようだけど、どんな仕事をしているんだ?」
「え? わざわざ言うような仕事じゃないよ」
「そうか。まあ、言いたくなければいいんだけど」
「なに? ヨウスケ、心配してくれてるの?」
「ああ、まあ。ヤバい奴らに関わっているようなら、そいつらとは距離を置いた方がいいんじゃないかって。
もし、抜けたいのなら、トオルに相談するっていう手もある。
ほら、あいつ、顔が広いだろ?」
それを聞いた蘭は声を出して笑った。「ハハ。ヨウスケは母親に似て心配性だね」
「いや、だって。あまりにもお金を持っているから」
「動画で稼いでるの」
「え?」
「だから、適当に動画をアップして小遣い稼ぎをしてるの」
蘭はアメリカに留学していたときに覚えたダンスの動画を配信している、とのことだった。入門者向けなの、と付け加えた。
「でも、まだいうほど動画も回ってないし。登録者数もまだまだだから」
どうして教えてくれなかったのか、と問いただすと、そう蘭は答えた。
ちなみに毎月どれくらい収入があるの、と陽介が聞くと
「○○万」
蘭がクッキーをかじりながら答えた。
これといって興味のない表情をしていた。
「え……」
その金額を聞いた陽介は言葉を失った。
真面目に働けよ、と蘭のことを思っていた自分に自信が持てなくなった。
……うちの会社の課長より多いじゃないか……。
結婚式を終え、新居に引っ越すことになったが、ここで美香の粋な計らいがあった。
「ねえ、ミカちゃん……本当にいいの?」
「もちろん」
川野家から新居に引っ越したのは、陽介だけではなかった。
陽介を愛し、一生そばにいたいと願うナナが同居することを美香が認めたのであった。
三人の新たな生活が今まさにはじまろうとしていた。
(おわり)
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