第11話 今宵、バーのカウンターにて(後編)
それからトオルは陽介に一連の出来事について語りはじめた。
トオルは女の子と出会うため、主に出会い系サイトやマッチングアプリを利用していたそうだが、肉体関係だけが目的で本気で交際をするつもりがないことから、数名の女性にマークをされた。
その噂はあっという間に拡散し、「どのサイトでも相手にされなくなった。ブラックリストに載ったみたい」な状況に陥っていた。
だが、女性と遊びたいトオルは
「そうだ……陽介がいるじゃないか」
と考え、陽介のSNSのアカウントを盗み、なりすますことにした。
自宅で指輪を保管していたあの夜、陽介がビールを取りに行った隙に机を物色し、IDやパスワードを手に入れた、とのことだった。
「陽介はアナログだから。絶対、紙に書いていると思って」
そう言いながら、トオルは煙草を深く吸った。
「セキュリティが甘くって」
と、つけ加えた時のトオルは、少し反省の色が薄れ、いつものいたずらっ子のような表情を見せた。
「陽介になりすましたら、すぐに女の子とDMで連絡が取れたんだ。でも、その相手が——」
トオルがデートをした女性は二十代半ば、一見真面目そうなOLだった。
黒いストレートの長い髪が印象的な落ち着いた女性とのことだった。
イタリアンレストランで食事をすませ、二件目のバーでお酒を飲み、ホテルに向かった。
二時間ほどして出てくると、そこに男が二人立っていた。
「お前、誰の女に手を——」
兄貴分がそう言うと、後ろから大柄の弟分が睨みをきかせた。
強面のいかにも武闘派な二人組だった。
美人局、ハニートラップの典型だった。
その場ですぐにお金を請求された。財布にあった全額を渡したが、許してはくれなかった。『今後の資金計画』を知らされ、トオルは青ざめた。
「でもな、なにより怖かったのは——」
二人組の男がトオルの運転免許証とSNSを見比べて、陽介になりすましていることを突き止めたことだった。
「お前からもらえなかったら、こいつから金をもらえばいいんだな」
兄貴分の男が満足げにそう言った。
「それだけは、勘弁してください!」
トオルはその場で土下座をし、陽介を巻き込まないように懇願した。
それから数日後、二人に呼び出されお金を支払うことになった。
だが、去り際に兄貴分が
「この陽介って男、それなりの会社に勤めるんだな」
と、不気味な笑みを浮かべて言った。
……どうしよう。SNSのアカウントを盗んだだけでも悪いことなのに、まして、陽介のところにまで連絡が行くようなことがあったら……。
そうトオルが悩んでいるときに、指輪の件で陽介から電話がかかってきた。
だが、指輪がなくなったことを知らないトオルは例の件で陽介があの男たちに脅されていると勘違いをした。
「いくらなんでも……陽介に会わす顔がなくって……」
そう考えたトオルは陽介と連絡を取らなかった。
「それで……もう大丈夫なのか?」
陽介は、カウンターから出て並んで座ったトオルにそうたずねた。
……こんなことされても、まだ……助けようとしている……。
あまりのお人よしに、陽介は自分で自分のことがおかしくなった。
「ああ。ほら、オレも色々と顔が広いだろ? その筋の強面の人に仲裁に入ってもらって示談が成立したんだ」
トオルはそう言うと、本当にすまなかった、と陽介に頭を下げた。
「もういいよ、トオル。怪我しなくよかったじゃないか」
そう慰めた陽介は、カウンターの上のグラスに入ったビールを一口飲んだ。そして、心の中でこうつぶやいた。
「盗んだのは、トオルじゃなかった……じゃあ、僕の指輪はどこに消えた?」




