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第10話 今宵、バーのカウンターにて(前編)

「すまん……」


 待ち合わせ場所はトオルの経営するバーだったが、カウンターの中に立つトオルが憔悴しきった声で陽介にそう謝罪した。

 臨時休業にしたんだ、とささやくような声でトオルが言った。

 子供の頃からの長い付き合いだが、これほど落ち込んだ声で話すトオルは初めてだ。

 陽介は心の中でそうつぶやいた。


「何回も連絡くれてたのに、返せなくて悪かったな」


 トオルの声の響きから明らかに反省していることを陽介は感じとった。

 だが、その表情からその心のうちを察することは難しかった。

 店内はほぼ灯りがついておらず、真っ暗だったからだ。時折り、トオルが口にするタバコの灯りだけがほんのりとその横顔を映しだしていた。


「どうして……盗んだの?」


 カウンターに座った陽介がゆっくりとそうたずねた。


「……うん……」そう返答するのが精いっぱいのようだった。

 トオルは手にしたグラスを口に持っていくと、一気に飲みほした。

 それから長い沈黙がつづいた。しばらくしてようやく話しはじめた。


「盗む気なんてなかったんだ。

 いくら陽介とオレの仲とはいえ、あんなことまでするつもりはなかった。

 嘘じゃない、本当にそんな気はこれっぽちもなかった。……でも……」


 言葉に詰まったトオルはフーッと小さなため息をついた。


「もういいよ、別に」陽介が助け舟を出すように言った。

 これまでトオルにどんなひどいことをされても、いつも陽介がそうしてきたように。


「いや、今回ばかりはそうはいかない。

 こんな大ごとになってしまったんだから。

 いつもお前に借金を催促されたときみたいにはいかない。

 『お前のお金がオレの財布にあるだけのことじゃん』なんて軽口を叩けるレベルの問題じゃない」


 そう言うと、トオルは灰皿で煙草をもみ消し、そしてすぐに新しいタバコに火をつけた。

 カウンター越しに一連の動作を見ていた陽介がたずねた。


「どうやって、盗んだんだ?」


「ふふ」とおかしそうにトオルが笑った。「ゆるゆるなんだよ、お前のセキュリティは。簡単に手に入れることができた」



 それを聞いた陽介は指輪が盗まれた夜のことを思い出した。


 ……たしか、あのとき……僕がビールを取りに行った時、トオルが部屋でひとりだったのだから、指輪を盗むことなんて簡単だっただろう……だが、動機が気になる……。


「それにしても、どうして?」


「もうあの手ぐらいしか、オレには思いつかなかった。

 少し前から限界を感じていて。

 そこでふと魔がさした。『そうだ、陽介から盗めばいいじゃん』、って」


 トオルの話を聞きながら、陽介は物心ついたときからのことを思い返していた。

 たしかに、トオルはいつも困ったとき、陽介の手から色んなものを奪っていった。



「なあ、トオル……あれはすごく、僕にとって大切なものなんだ。なんとか返してくれないか?」


「うん……」トオルが困った声を出した。

「返したいのはやまやまなんだけど……もはや元通り、ってわけにはいかない……すまんな」


「なあ、トオル。

 少ししか出せないけど、お金に困っているなら、援助しようか?」


「いや、ダメだ」それまでと違い、突然トオルの口調が強いものになった。「これ以上お前に迷惑をかけるわけにはいかない」


「でも、お金に困っているから盗んだんだろ?」


「いや、それはちがう」

 暗くてよく見えないが、トオルは首を左右に振っているようだった。

「お金に困ったから、盗んだんじゃない。もうオレの名前では限界が来ていたからやったんだ」


「オレの名前?」陽介が疑問を口にした。「どういうことだ?」


「ブラックリストみたいなものだ。

 もはやオレの名前では相手にされない。色々あってな」




 それを聞いた陽介はゆっくりと店内を見回した。


 ……このバーの経営はうまくいっていると聞いていたが……そうじゃなかったのか……だから、何度も僕にお金を借りに来てたのか……。


 陽介はトオルに貸したお金の使い道が気になった。


「僕から借りたお金は、店の運転資金に使ったわけじゃないんだろ?」


「ああ」


「ということは、女の子と遊ぶために使ってたのか?」


「そうだ」



 そこまで聞いた陽介は頭の中で整理してみた。


 ……どういうことだ? 僕から借りたお金は運転資金ではなく、デート代に使ったと言っている。でもブラックリストに載ってしまい、お金が借りられないとも言っている……。


「金融業者にマークされて、運転資金が借りられないのか?」


「え?」トオルが驚いた声を出した。「なに言ってるんだ、陽介。店の経営はどうにか成り立っている。

 オレの借金はお前からだけだぞ」


「でも、さっき、『ブラックリスト』みたいなものに載ってるから、相手にされないって」


「ブラックリスト?」トオルが聞き返した。


「ああ、リストに載ってしまい金融業者からお金が借りられなくなったから、僕の指輪を盗んだんだろ?」


「指輪?」


「そう、それを売ってお金にしたってことだろ?」


「なにを言ってるんだ? 陽介、オレが盗んだのは——」

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