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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
番外編
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番外編6 ファナの嫁入り 2

「あら?カド様。今日はどのようなご用で?」

ファナは15歳くらいのころから、父が職人として働く大規模な工房で来客の応対をしていた。

下働きとしては10歳になる前から父に連れられてこの工房に来ていて、職人も顧客も顔見知りで可愛がってくれていた。

職人の娘は職人と縁づくことが多く、顔を見せて働き者と示すことで良縁に恵まれるため、年頃になると花嫁修業も兼ねて人前に出るのがどの工房でも当たり前に行われていた。

「やあ、ファナ。工房の長どのはおられる?」

ガラス工房ではファナと同年代の娘が数人日替わりで応対をしているのだが、カドはファナが応対の当番をするときよく顔を見せていた。

特に予約などもとらずに、散歩やほかの工房に顔を出したついでに顔を出すのだ。

この日もたまたまなのか、ひょっこりと顔を出した。

「長どの?今出ているので、呼んでまいりましょうか?」

「いや、また来るよ」

そう言ってカドは来た方に戻って行った。

ファナがお辞儀をしてカドの姿を見送り、工房に戻ろうとしたとき工房の奥から職人の父がひょっこりと顔を出した。

「カド様、どうしたんだい?」

「長どのにご用があったみたいだけど…」

「茶でもお出しすればよかったのに」

「呼んでまいりましょうかと聞いたら、戻られてしまったの…」

ファナが首を傾げるのを見て、父は小さなため息をつく。

通りを歩くカドはチラチラと後ろを振り返り、ファナがまだ自分の背を見ているのか気にしているようだ。

とはいえ、「この娘が色恋に夢中になるのはいつのことかねぇ」そんなことを考えた父の気持ちなど工房の奥からかけられた声に返答をしているファナが気づくはずもない。


工房の長経由でファナに縁談があることが伝えられた。

相手はただの職人の娘が縁付くなど考えもしない相手であった。

それが中規模商家の出のカドなのだ。

中規模とはいえ、売上は大店に若干敵わない、その程度だ。

その店を3人の息子に分けて独立させたのだ。

長男次男はすでに相手がいて、夫婦で切り盛りしているのだが、三男はどうにも相手が決まらず、年齢的に吊り合いそうな娘に順番に声をかけているという話だった。

「ファナでは若すぎませんかね?」

父はそう苦言を呈したのを覚えている。

もうすぐ16になるし、口も達者で弟2人の世話は母親以上に世話を焼いてはいるが、父にはまだまだ幼い表情をみせる可愛い娘だ。

「あらかた声をかけて全滅したみたいでね。ここらで仕切り直しと言うか口直しというかね」

あくまでも、色モノ枠の扱いだったようだが、当のカドがなんの因果かファナを気に入ってしまったようだ。


おいそれと本人や広く周囲の耳に入れたあとに破談になるのはファナの年齢から考えてもよろしくないだろうと考えて、あくまでも工房と商家の取引の中で自然に会話をさせようと周りが取り繕った。

結果、カドがハキハキとちょこまかと動き回る娘を気に入っているものの、ファナはあくまでも客としか見ていない歪な関係が出来上がったのだ。

こうなると周囲はカドが気の毒になり、それとなくカドが来るたびにファナにお茶を出させたり、手が離せないフリでしばらく相手をしてもらうのだが、この娘はサッパリ興味を示さないのだ。


父親の立場からすれば、別に構わないのだが、ファナが縁談相手を客としてしか認識をしていないという状況が周囲を困惑させた。

思い余ってファナにこんなことを工房長が聞いたのであった。

「ああ、ファナ。カド様をどう思う?」

「カド様ですか?良いお客様だと思いますけど…私たちにも親切に接してくださるし」

「取引相手としては申し分ないね。ではなくて、カド様は結婚相手を探していると聞いているだろ?」

工房長の言葉にファナはきょとんとした。

「なかなか相手が決まらないから…ファナはカド様をどう思うか、と思ってね」

ファナは工房長の言葉にちょっと考えた。

工房長はファナ自身の意見というよりも、ファナの年齢の女性から見てどう見えるのか聞かれているのだとおもった。

「そうですね…大人のお兄さんって感じで、ああ言う兄がいたら良かったなと思います」

「そうか…ああ、手を止めさせて悪かったね」

ぺこりとお辞儀をして、工房に戻ったファナの後姿を見送って、工房長は脱力した。

気を使った挙句、色恋に発展しそうもない返事がファナからされるとは思わなかった。

「カドとの縁談がある」と初めから言ったほうがよかったか、と後悔しても後の祭りである。


とはいえ、当のファナはカドの応対をするたびに心臓がバクバクと音を立てるので耐えるのに精一杯だった。

7つ年上で職人とは異なり物腰も柔らかく自分を1人の女性として扱う男性に憧れるなと言う方が無理だ。

ファナの気持ちを知ってか知らずか父をはじめ年かさの職人連中がカドの相手をさせるのは嬉しい反面落ち着かない。

カドが嫁探しをしているとは知っていても年齢差を考えれば自分が候補になるとは考えにくいので、役得と思ってカドの応対を引き受けている。

ファナは3姉弟の長子だし、下2人は手間と世話がかかる上に思考回路が理解できない弟だ。

母に代わりぎゃあぎゃあ文句を言ったことは一度や二度ではないし、弟たちがどんな理由で泣いているのか怒っているのか笑っているのか分かったためしなど一度もない。

上の弟は生意気ばかり言ってむかつくし、甘えん坊な下の弟が最近は感化されてきているのも腹立たしい。

なので、カドのような「兄がいたらいいな」は紛れもない本音だ。

淡い初恋にもならない想いを裡に秘めて、きっとそのうち「ちょうどいい相手」との縁談を父や工房の長が持ってくるのだろうと思っている。

実際に年廻りのいい独身の職人や見習いがこの工房には何人もいるのだから。


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