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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
番外編
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番外編5 月が満ちる間に3

翌日、その翌日とザイードは屋敷に日参した。

東からの積み荷でぜいたく品はほぼ全て屋敷に持って行ってしまった。

一部の荷は返され、一部は新たにファナやカドに言って調達したものもある。

絹地、飾り物、宝石等々、地方官の目利きとその知識はすさまじいものであった。

常に商品を目にし、手に触れているザイードですら目を見張った。

そして、今日はザイードが初日に持ち込んだ茶器の選別をしていた。

初日の終わりごろに、地方官の目利きに驚いたリァンが絹地の選別で疲れた頭で考えたことを思わず口に出してしまったのだ。

「旦那様、その目利きの技、私にも教えてくださいな」と。

その場にいた全員が目を見張った。

レンカが屋敷に来たのはリァンを地方官から引き離すためだったのに、なにを好んで自ら地方官に近づこうというのか、と。

「よいぞ。手取り足取り教えてやろう」

あっさりと地方官は承諾した。

それからというもの、足までは取りはしないが、リァンは地方官と手を重ねる羽目になった。

あれほど触れ合うことに嫌悪していたにも関わらず、得られる知識と興味が嫌悪に勝ったようだった。


「旦那様、これとそれは同じような質感と見た目ですけど、何が違うのです?」

ザイードの目の前でリァンと地方官は肩を寄せ合い、一つの茶碗を覗き込んでいた。

「一つは本物で、一つは偽物だ」

「本物と偽物なんてものもあるんですの?」

わざとらしく驚いてみせるものの、リァンは真贋を見極めようと必死であった。

それぞれに銘が刻まれ、見た目はほぼ同じ。

若干色艶の差がありそうな気がしないでもないが…

「よく見ろ、底の部分が若干違うだろ?」

「ええ」

「右側は有名な窯元に籍を置いた有名な職人のものだ。職人の癖というか体の特徴だ」

リァンがキョトンとすれば、リァンの目の前に自身の指先を広げて見せた。

「その職人は小指と薬指の長さが同じだったらしい。だからこそ、こう言った特徴のある紋様ができる。もはや出てくるであろう偽物の見分けになっている」

「模倣されるような素晴らしい職人がいるのですね…」

その声にこもった熱にリァンが思った相手がいることをザイードもレンカもわかった。

胸に飾られたガラスのブローチをきゅっと握りしめていた。

「偽物は随分似せてはあるが銘は粗悪だし、細かな職人の癖や体の特徴など真似しようもないのだ。やりすぎれば偽物だと自ら公言するようなものだ」

言われてリァンはしげしげと左右の茶器を見比べた。

その職人の癖というのはわずかなもので、よほどの目利きでなければ見逃してしまうだろう。

職人の癖と言えるほどすべての作品にあるのだとすれば、癖を見抜くためにはどれだけの数を見ればよいのかと考え気が遠くなった。

「どうした?」

「どれほどの茶器を見ればこのような癖があることに気づき、見分けられるのかと思いまして」

「面白いか?」

「はい、とても。旦那様、博識でいらっしゃるのね」

そう言ってリァンが作り笑顔ではない自然な笑顔を見せたとき、地方官の背筋を何かが駆け上った。

急にリァンの目が輝くように見え始め、その笑顔を見るだけで胸が高鳴った。

声は元々すごく心地よかったのだが、さらに頭の中で響くようになった。

血筋が良いだけの落ちこぼれであった彼にとって、役人などなりたいものではなかった。

地位も名誉も家族すら捨てて、芸術の鑑定の道に行きたいと思ったことは一度や二度ではなく、それはかなわなかった。

叶わなかったが、今、この瞬間にすべてが報われた気がしたのだ。

目の前で茶器に夢中になっている娘が可愛くて、愛しくて、大事にしたいと、この娘の望むことはなんでも叶えたい、この腕に抱いて慈しみたいと思ってしまった。

その降ってわいた気持ちを隠すように地方官はごほんと咳払いをした。

「興味があるなら、いくらでも教えてやる」

「はい」

リァンは地方官のなかに起こった変化に気づかないようではあったが、ザイード、レンカ、護衛は目の当たりにしてしまった。

地方官がリァンに本気の恋におちた、と。

3人の視線が絡まり「絶対に気づかせるな」と互いに認識を合わせた後、ザイードと護衛の視線がレンカに注がれた。

この先、レンカがこの二人が思いを交わさないように見張らなければいけない、万が一思いを交わすようなら即報告をあげる必要がある、と訴えられ、レンカはこくんとうなずき同意した。

この先、レンカの動き次第で自分たちの首を絞めるのか、それともリァンを手にかけるのかと思えばレンカの胸の奥が急に冷えていった。


えぇ…恋に落ちちゃっていたのか…

最後リァンに「お前なんかどうでもいい」と言われて切り捨てられていたのに…

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