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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
番外編
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番外編5 月が満ちる間に2

「さすが央都きっての伊達男でいらっしゃる地方官殿だ。本日は東の土産を持って参りました。それと調度品なども東の流行はいかがかと思いまして、多少値が張るものもお持ちしました」

「良いぞ良いぞ見せてみよ」

地方官の言葉にザイードが手をあげると屋敷のものがたくさんの箱を運んできた。

「こちらの箱の中身が絹地を中心に、金糸銀糸の刺繍をしたものもございます。飾り物はこちらの箱に。それと…調度品類は…」

「調度品類は別の場所に置いておいてくれ。今は絹地を見せてもらおう。お前とレンカを美しく見せるにはいくらあっても足りぬ」

「私とレンカ、ですの?」

地方官の言葉が気に入らぬと言わんばかりにリァンは頬を膨らませた。

「レンカはお前が欲しいと言った女であろう」

「はい…」

「であれば、世話をするのはお前の務めだ。どのように世話をするかで、お前自身が知れてしまうのだぞ。お前のためなら金はいくらでも私がだす」

「旦那様…レンカを旦那様にとられて、レンカに旦那様を取られてって思ったら寂しかったのですわ」

リァンが恥ずかしそうに目を伏せると、それが心から思っての行動か、わざとなのかザイードにはわからぬそぶりであった。

「そうか、そうか…。お前の気のすむまで欲しいものを買ったらいい」

「レンカの分もリーフェの分もいいですか?」

地方官は駄々をこねる愛妾を宥めるようによしよしとリァンの背を撫でた。

そして、腕の中で請うてきたその愛妾をさらに可愛らしく思ったようだ。

まるで牙をむく動物がようやく懐いてきたのが可愛いと思うようであった。

「お前の気が済むままにせよ」

「旦那様、ありがとうございます…」

リァンは軽く目を閉じて、地方官の胸にすり寄った。

そのしぐさにザイードは胸の奥に引っかかりを感じたが、そのことを表情に出さなかった。

「では、まずこちらに広げましょう」

そういってザイードはいくつもの絹地をテーブルの上に出した。

地方官はそれを眺め、並んだ絹地を順番に手で表面をそっと撫でた。

「これは残せ、そっちはいらぬ。それもいらぬ、これは良い…これも残せ」

と次々に選別をしていった。

色もがらも見ずにそっと撫でるだけで残すものと、いらないものを分けているのにリァンもレンカも目を見合わせた。

「旦那様?いったい何をされているのです?」

「お前たちを飾るには一級品以上でなければ、私の気が済まぬ。二級品以下をはじいておる」

地方官の答えにぽかんとしてしまった。

「撫でただけでわかりますの?」

地方官はリァンの手首をつかんで先ほど選別した2種類の布をそれぞれ撫でさせた。

「わからぬか?」

「まったく。同じものに思います」

「人差し指と中指を揃えて、指の腹に全神経を集中させろ」

言われたようにすれば、地方官が触れるか触れないかくらいのところでリァンの指を撫でた。

「うひゃ…」

指の腹で感じた感触に思わず唇から声が漏れ、地方官はニヤッと笑った。

「今くらいの感触で布をそれぞれ撫でてみろ」

「はい…」

言われた通りに撫でてみた。

「何かわかったか?」

「いらぬとおっしゃった方は、少し毛羽立ちやひっかかりが…」

「そうだ。わずかだが毛羽立つのが二級品だ。それ以下は引っ掛かりもあれば、布目のゆがみもある。わずかな毛羽立ちは見た目にはわからぬだろうが、経験を積めばよい。箱の中のものを選別してみろ」

「はい」

そういってリァンはザイードが差し出した布を撫でた。

「毛羽立ちが…こちらは、砂漠の砂のような感触が…これは…水鏡のよう…」

「ふむ…水鏡…か。いい得て妙だな。これは皇帝陛下皇后陛下が召してもおかしくない特急品だ。他にもないか探してみろ」

「はい…」

リァンは言われて布の表面を撫で始めた。

とは言え、すぐに集中力が切れ、指の感覚がなくなったのがわかった。

結局選別できた布地は10にも満たなかったが。

「うむ…初めての割にはうまいな。筋がいい…」

「…ありがとうございます…」

全神経を集中させたせいか疲れ果て目を瞬かせ、ポーっとした様子でリァンが答えた。

「せっかく持ってきてくれたのだ。二級品は使用人たちに払い下げよう…特急品で、何を作るか?」

「旦那様、それは私にお任せくださいませ」

レンカが地方官にすり寄れば、なにを想像したのか地方官の表情が卑しく崩れた。

初めはリァンが気が済むまで買えばいいと言っていたものも、いつのまにやら地方官がリァンやレンカに飾りたい一級品や特急品ばかりを選ぶようになってしまった。

「全てのものをみたいが、日も落ちてしまったからまた明日来い」と言われてザイードは屋敷から追い出されてしまった。

追い出された屋敷の前でザイードはがりがりと頭を掻いた。

「まいったな、こりゃ。ファナ姉さんたちにも相談しとかないとな…」

思わぬ事態にそう一人ごちた。


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