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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
番外編
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番外編4 月を待つ2

女の話を聞いてヤンは盃の酒を一気に飲み干し、目をすがめた。

「誰だ、その女は」

「あんたの女だろう?あんたは知らなかったんだろ、その女の本性を」

可愛そうにねぇと女は胸にヤンを抱いて、その頭や肩や背を撫でた。

「慰めてやるよ」

そう言ってヤンの手を取り、自分の服の中にいざなった。

わざとヤンの指で自分の肌をこすれさせて、甘い声をあげた。

そして、唇を吸い上げてやろうと頬に手をあて、唇を近づけるとヤンは女を押しのけた。

「放せ。慰めもいらない。おれはそんな男を次々篭絡するような女は知らない。俺の女は・・・・あっ・・・はぁ・・・・」

ヤンはそういって胸を押さえた。

作務衣をはだけ、胸をかきむしった。

先ほど軟膏を塗られたところが痛くて熱くて気持ち悪くて、そこから胸に向かって矢でも降り注いでいるかのように痛むし苦しい。

目の前の女を突き飛ばし、個室から表の店に出ると、ひどく目が回っていた。

混雑した店の椅子に追い付いてきた女に座らされた。

女は看病しようとしているのか、それとも情事の後に男に縋りついているとでも思ったのか周りが騒がしくなった。

音は響いたり消えたり、視界もぼやけたかと思えば急にはっきりとして、体中が壊れそうだった。

ヤンはふらふらと椅子から立ち上がった。立ち上がって店を出たところまでは覚えている。

そのあとは、ふらふらと建物に寄りかかったり、路地に倒れこんだり、人の手で助け起こされたりした。

体中の血が沸騰したと感じ、音もろくに聞こえず、言葉にもならず、見知らぬ場所で倒れこんだ。

空にぽっかりと輝く月が浮かんでいるのが見えた。

「リァン・・・」

胸にかけられた片方のガラスの耳飾りを握りしめた。

「リァン・・・」

名を呼べばふわりと優しい手がヤンを撫でた気がした。


「ヤン。起きて」

ふわりと優しい手がヤンの頬を撫でた。

その手をぎゅっと握り目を開けると、リァンがヤンの顔を覗き込んでいた。

「リァン・・・リァン」

がばりと起き上がり、そのままの勢いでリァンを抱きしめた。

「ヤン、どうしたの?」

「リァンが・・・リァンが・・・俺のところに戻って・・・」

「ずっといるわ」

「ずっと・・・?」

「ええ、ずっと。怖い夢でも見たの?」

リァンがゆっくりヤンの背を撫でた。その温かさにヤンは大きな息をついた。

「うん、怖い夢だった。そうか、あれは夢か」

「そうよ、夢よ」

そういって二人は唇を重ねた。

時間をかけてゆっくりと唇を重ねた。ふとリァンの腹を見るとずいぶん膨れていた。

「いつ生まれるんだっけ?」

ヤンの言葉にリァンは笑んで答えるが、その答えはヤンに届かなかった。

「ごめん、リァン聞こえない・・・」

リァンはヤンと唇を重ね、そのまま寝台に押し倒した。

ヤンの手がリァンの腹に触れて、ポコポコと動く感触が指に伝わった。

その瞬間、とてつもない愛しさがヤンの中にあふれ出した。

もう片方の手をリァンの頬にあて、優しく唇を親指でなでた。

リァンの唇が「あいしてる」と動いた気がして、安堵した次の瞬間、ヤンは暗闇に落ちた。


そのころ、昨夜、地方官を篭絡できたリァンは寝ている地方官から離れて、羽織るものをとりあえず羽織って中庭に出た。

昨夜以降、それまでの乱暴さとは打って変わって優しく扱われた。

昼間には護衛を含め、屋敷の主だった者たちを紹介されて、彼らが妙に好意的だったのに戸惑った。

護衛の男と目が合って、その視線だけで「よくやった」と褒められたが、不本意なことで褒められても嬉しくはないし、これから地獄が続くのだと思った。

「月・・・」

中庭から見上げれば、かけた月が中空にかかっていて、何気なく自分の下腹部に手を当てた。

ヤンと会えない代わりに、この子は育ってくれるだろうか。

あの地方官の子として育てるのはありえないと思った。

なんとかしてヤンのもとにこの子だけでも返せないものだろうか・・・

まだ動かないその命の息吹を感じ取ろうとしていると下腹部に鋭い痛みが走った。

あまりに鋭い痛みにギリっと奥歯を鳴らした。

ダメ、行かないで…

そう思ったが、しばらくして内ももを伝って血が流れてきたのがわかった。

そのまま茫然とその場に立ち尽くした。

「・・・どうした?」

声をかけてきたのは地方官だ。

この男に声を掛けられたくなかった。

「いえ・・・その・・・」

涙をこらえ、短く答えた。

地方官の目がリァンの脚に伝う血の筋を捕えた。

そっと肩を抱かれ、額に口づけをされた。

リァンの体が冷えていて、しばらく外にたたずんでいたのだろうとわかった。

屋敷のものを呼んで、リァンに私室を用意させ、そちらを使えるようにと指示を出した。

「月の間は体を冷やさぬように言われている。慈愛せよ。甘く鳴くのは終わってからでよい」

「旦那様・・・ありがとうございます・・・」

礼など、礼などと・・・リァンは歯を食いしばった。

地方官の寝室から解放され、あてがわれた私室で月のものに使える道具も準備された。

世話を焼いてくれた女たちが出て言ってから、床にうずくまり泣いた。

声を出さずに泣いた。

泣いて謝った。

泣きつかれて眠ってしまうまで声も出さず謝った。

このまま自分もこの世から消えたいと願った。

次の日目覚めたときには、寝台に寝せられていて温かい布団をかぶっていたことだけが解せなかった。


翌日、ろくに食事もせず、腹を抱えて寝てばかりいるリァンを心配した屋敷の女たちが訪れた。

様子がおかしいことに気づいたが、「言わないで」と短くいったリァンの言葉を皆が尊重した。

そうは言っても、容体を見る必要があると言って、医術の心得のあるものがやってきた。

自分と背格好のよく似た年もあまり変わらなさそうな女性で、しれっとして、必要以上の言葉を発しないのがありがたかった。

大人しく診察を受けたリァンは、屋敷の者が事情を承知し、同情で憐れんでいるのでもなんでもよかった。

屋敷の者が完全な味方でないものの、気遣ってくれたおかげで、リァンは少しだけ気持ちと体を休めることができた。

具合が悪い、気分が悪いというリァンの元に時々地方官は部屋を訪れ、よしよしと宥めてくれるが、触られるたびに嫌悪感と怒りをため込んで、吐きそうになった。


リァンは一人中庭から月を見上げれば、欠けた月が再び大きく膨らんだところだった。

昼間、医術の心得のある女性は「暇をとる」と小さな声で告げた。

その声を聞いて彼女を見つめ、感謝の意を込めて軽く頭を下げた。

医術の心得のある女性を監視するのが目的か、自分の様子を見て叱咤でもしようとしたのか、珍しくあの護衛の男も部屋にやってきた。

鋭い視線で護衛の男を見やれば、彼は驚いたようだった。

すっかり気落ちしたリァンが彼の計画から手を引くとでも思っていたのだろう。

考えなくもなかったが、それではただの慰み者になるだけだ。

ただの慰み者になるより、望んでこの世界を、今の自分を取り巻く絶望的な世界を滅ぼそう・・・と決めたのだ。

どこまでに影響を与えるかはわからないが、護衛の男の利害にも一致するはずだ。


時は必ず来る。

その時まで、待つ。

あの月が満ちて欠けるを何度も繰り返す間もなく、きっと西から戻ってきた使いがやってくるだろう。

その時を待つ。


おわり

番外編4終わりです。

ちょっと長めの番外編もそろそろ…


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