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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
番外編
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番外編4 月を待つ1

本編Side:ヤンの前日譚です。

「時を待て」

俺を殴った男はそう言った。

複数の男に殴られ、それでも抵抗しようとする俺を突き飛ばし、耳元で俺だけに聞こえるように。

そして他の男に合図を送り、そのまま俺から手を引いた。

あの男、リァンを迎えにきた男だ。

なんだよ、時を待てって…

待ってるだけでリァンが帰ってくるわけでもなし…

首からかけたリァンの片方の耳飾りを握りしめた。


心を残していったが、俺は生身のリァンをこの腕に抱きたい。


井戸で水を汲み、口の中を濯ぎ、手拭いを濡らして殴られた場所を冷やす。

複数の男に殴られた割には痛くはない。

よくは知らないけど、あいつらはあいつらなりに俺を哀れに思っているんだろう。

ムカつく…

女を寝取られた男

寝取られた女に執着する男

俺はリァンを寝取られてもいないし、リァンは俺の女なんだよ


でも・・・

リァンがこの先自分の手元に帰ってきたら、それがどんな状態でも俺は受け入れられるのだろうか。

ひどく傷つけられて、恐怖でおびえて、俺が誰かもわからない、そんなリァンが戻ってきても・・・

俺は受け入れる

リァンを慈しんで

どんなに拒絶されても、この腕の中で守る・・・

二度と離しはしない

じゃあ、奴の子をはらんでいたら・・・?

自分の想像にゾッとした。

それは受け入れたくない、受け入れられない・・・

でも、リァンは受け入れられるのに・・・それだけはダメだ・・・


「ちょっと兄さん、大丈夫かい、ボロボロじゃないか」

声をかけてきたのは姉さんくらいの年の派手な女だ。

リァンの宿屋にいた姐さんたちにも雰囲気が似ているけど、もっとどろりとした男を絡めとろうとするそんな熱が目の奥に見える。

職人や商人の見習いが受ける洗礼で義兄さんに娼館に連れていかれたときのことを思い出した。

兄貴と二人、派手な格好をして、香水だかお白粉だかの匂いをふりまく女たちに囲まれて落ち着かないどころか恐怖におののいた。

その時受けた洗礼は俺の黒歴史で、娼館はどんな理由があっても足を踏み入れたくない場所だ。

リァンを助け出す以外は・・・

この女からはそんな娼館特有のにおいがした。

「いや、大丈夫。なんでもない」

「何でもないわけないだろ、こんなボロボロで」

女は俺の手当てをしようとするのか俺に手を出すが、俺はその手を懸命に払った。

女のお節介をうざったく払っているにもかかわらず、じゃれているように思われるのだろうな、と思ったら急に嫌気がさした。

「好きにしろよ」

そういうと女は目を瞬かせて、にやーっと笑みを作った。

「兄さんいい男だし、優しく手当してやるよ」

「金はない」

いい加減どこかに行ってほしかった。

「そんなのいいよ、兄さんを気に入ったんだから」

そう言ってべたべたと顔に体に触りだした。手当という名目だろうけど、触りすぎだ。

懐から出した軟膏をペタペタと俺の顔にも体にも塗り付ける。

ピリッとしびれる嫌な軟膏だ。

「さっきもらったんだけどさ、この軟膏、傷によく聞くらしいよ。せっかくの男前が台無しになっちゃもったいないからね」

黙って耐えていると耳元に熱い息を吹きかけてきた。

「なあ、兄さん。兄さんは小鳥のコレかい?」

親指を立てて見せた。

ドクリと心臓が音を立てた。

「わたし、あの日あの屋敷にいたけど、何が起こったか聞くかい?あのあとも屋敷に出入りしているけど、あの女、やばいねぇ」

そっけないふりをしたが、その言葉を聞いて思わず表情が出た。

女はニヤリと笑った。

「こんなところじゃなんだからさ、こっちで話そうよ」

そう言って手を引かれた。

連れていかれたのは、居酒屋の奥の個室だ。

こういった男女の密会にもよく使われるんだろうと漏れ聞こえる音に思った。

酒の入った徳利と盃が二個をもって女は現れ、卓に置いた。

酒を注ぎ、盃を俺に渡すと自分の分をグイっと飲み干した。

俺が盃に手を付けないのを見て、ふっと息を漏らした。

「あの女の話をしてやるよ」


女が言うには、あの日リァンは地方官の前に引き出されたが、熱のこもったうるんだ目で地方官を見上げたのだそうだ。

唇を薄く開け、頬を赤く染め、体の科をつくり、恋しい人に会えたそんな雰囲気だ。

居合わせたものがその姿態に匂い立つ雰囲気に思わず息をのんだ。

地方官は非常にまじめな顔で取り繕ったが、リァンの色香にかなわず、人払いをした。

側近は何かあった時に踏み込めるように扉の外で待機し、様子をうかがった。

「お会いしとうございました」

「一度は使いを追い払ったではないか」

「私を手放そうとしない男が追い払ったのです」

リァンは地方官の足元に近寄り、その手を取り、愛し気に頬を摺り寄せた。

「この手、この熱が忘れられませんでした。私を熱く愛でてくださったその目も。甘く吸ってくださるその唇も。そして、力強く愛してくださるこちらも」

リァンの手が怪しく地方官の下半身を撫でると、思わず声が漏れた。

「お願いでございます。私に慰めをくださいませ」

そんな声が扉越しに聞こえてきた。

声がやんだと思ったら、女の甘い声が響き渡ったのだ。

その扉の前にいた全員が何が起こったかを理解し、ことが落ち着くまで離れることにしたのだ。

その後時間をおいて様子を見るも、変わらず声が響き、時には扉に二人して寄りかかっているのか壊れそうにギシギシと揺れまくった。

扉が開いたと思ったら、素肌に地方官の上着だけを羽織った女が水を持ってこい、食事は扉の前においておけなどと命令をし、女の足元には生気を抜かれた地方官が転がっていた。

その日から政務もせず、地方官は女と屋敷のいたるところで絡み合った。

政務をしようとすれば、執務室に現れて、仕事にならなかった。

疲れ果てた地方官をしり目に、今度は部屋の外で控える護衛を呼び込み、濃厚な時間を過ごした。

一人二人をリァンに食われる男が増えていった、と。

そして今もこの時も、地方官を寝室に引き込み、甘い声で鳴いていると。


真実は如何に

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