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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
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8.翌朝のこと2

完結済作品。週2回更新中!

リァンと若者の間に気まずい空気が流れた。

「あの・・・助けてくれたお礼に縫うから、貸して」

「お・・・おう・・・」

若者は再び上着を脱ぎ、リァンに渡す。

若干顔が赤くなっているのは気のせいではないだろう。

リァンのスカートとは違い、乱雑に破けている部分があるが、さほど時間がかからず縫えるだろうと思った。

若者は変わらずリァンの手元を興味深そうに眺めていた。はたっと目が合うと二人は、パッと目をそらす。

なんとなく恥ずかしい気がしたのだ。

「あんた・・・あんたって言うのは変だな。俺はヤンだ。兄貴と一緒に職人街でガラス工房をやっている」

「私はリァン。宿屋で下働きしているの」

「宿屋・・・?」

リァンがうなずくとヤンはリァンを上から下まで眺めた。

「家が娼婦街のなかなの」

ヤンは納得と言わんばかりに「あぁ」とつぶやいた。

宿屋の井戸は宿屋近くにあるのが普通で、ここの井戸で近いのは娼婦街か職人街だ。

ヤンはなんとなくリァンは娼婦街に住んでいるだけなんだろうと思う。

家賃の安さや女たちの連帯感ではほかの街より娼婦街が勝っているからだ。

ヤンはふと裁縫をしているリァンの隣が心地よいと思った。

しょっちゅう井戸端会議をしているようなにぎやかな女性を相手するのは骨が折れるが、裁縫をしているからか口数が少ないリァンの側は穏やかな気がした。

リァンも同様にヤンの軽さを心地よく思った。

助けてくれた時の腕や体のたくましさも、抱かれているときの安心感も今まで感じたことのないものだった。

それと同時に「役得だし」といった表情が好ましかった。

冗談めいて胸を触ったことを言ってくれたのも脚が丸見えなのを教えてくれたのも悪い気はしなかった。

あとで気づいたり思い出したりして、モヤモヤしなくて済むのだから。

今手元をのぞかれているのも嫌な感じはしない。なんとなく落ち着かないけど。


袖の部分を繕い、ほかに破れやほつれがないか一通り見まわして、リァンはヤンに上着を返した。

ヤンは上着を広げ、きれいに繕ってあるのを見ると、

「上手なんだな、ありがたいよ。リァン」

とまぶしいばかりの笑みを見せた。

リァンはその笑顔を見て心臓が跳ねるのを感じた。

ヤンは上着の袖に腕を通し、そのあと上着やズボンの隠しを探るようにパタパタと服の上からたたいた。

「どうしたの?」

「いや、こんなにキレイに繕ってもらったから、なんか礼をしたいんだけどさ・・・うーん・・・」

「え・・・お礼なんて・・・」

リァンは礼を辞退しようとする者のヤンには届かず、ヤンははたっと何かを思い出したように手押し車に向かって走っていき、何やらごそごそし始めた。

どうやら彼は手押し車をおしてここに通りかかり井戸に落ちそうになってるリァンをみて反射的に助けたのであろう。

なにかを手押し車から見つけて、ヤンは再びリァンのもとに戻ってきた。

「はい。これお礼」

そういって握らせたのは、小さな色ガラスで作ったブローチである。

「え・・・そんな・・・」

「下心付きだからもらって?」

下心ときいてリァンに緊張が走るが、ヤンはニヤッと笑う。

「今、兄貴と色ガラスの研究をしているんだ。で、大きいのはまだ技術的に無理だけど、小さいものを作れるようになったんだよね。で、小間物を造って売ったらどうかって話になってて・・・」

ヤンの話が取り留めなくなってきてリァンがぽかんとする。

「で、こっから下心。リァンはさっき宿屋で働いてるって言っただろ。いくら下働きだって、隊商の連中の姿を見ることくらいあるだろ?連中は新しいものに目がないから、リァンが身に着けてたら目ざとく見つけてくると思うんだよね。で、連中が興味ありそうだったら、俺に声をかけてほしいんだ!」

下心とはそれか、とリァンはあからさまにホッとする。

どうにも男のいう下心は下世話なことをイメージしてしまうのだ。

とかく娼婦街でも宿屋でも一見の客が多いからだ。

リァンがホッとしたのを見て、ヤンは「もらってよ」と畳みかける。

「そういうことなら」

と言って、リァンはその場で服にピンを刺した。

青っぽい緑っぽいガラスが日の光できらりと輝く。

「ちなみにうちは職人街のガラス横丁にあるから。わからなかったらその辺の人にガラス工房のヤンっていえばわかる」

「隊商が興味があるって言ったら声をかけるね」

「うん・・・まあ、リァンが暇なときに遊びに来てくれてもいいんだけどね・・・」

最後はぼそぼそとリァンから目をそらしながらヤンは言う。若干頬が赤く染まっている。

「う・・・うん・・・」

リァンもつられるように顔を赤くする。ヤンはそのまま視線を合わさず、「じゃあ・・・」と言って手押し車を押して走っていった。

手押し車につけられた風鈴がチリンチリンと涼やかな音を奏でた。

リァンは顔を赤くしながら、はたっと気づく。

まだ仕事に行く前だろうけど、ずいぶん時間を使ってしまったと思ったのだ。

水の入った桶をもってぱたぱたと家に戻っていった。


井戸端会議をしていた女たちは一部始終を見ていた。

二人の悪くなさそうな雰囲気に女たちはにんまりと笑う。

「いいじゃない?いいじゃない?」

「年回りも悪くないし、スレてないってかわいいわねぇ・・・」

「ガラス工房のヤンって言っていたわねぇ・・・」

「やだわあ、地獄耳ねぇ・・・」

「うちの街の可愛いお嬢さんのためだもの」

「そうよねぇ!」

女たちは示し合わせたように声がそろう。

女たちがあれこれと噂や情報を交わしていることも知らず、ヤンもリァンも赤くなった顔を仰ぎながらそれぞれの目的に急ぐ。


次回更新は8月10日です!

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