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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
番外編

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番外編3  ヤンと幼馴染と日常と2

ヤンの噂が町に流れ始めたころ、ヤンの幼馴染たちが順々に町へと戻ってきた。

工房へと顔を出した際に、彼らはトランと顔を合わせた。

「トラン兄さん…」

「よお、久しぶりだな。お前たち。雁首揃えて元気だったか?」

彼らはトランの背に見知った姿が隠れているんじゃないかと期待していたが、そこには彼らの期待しているものはなく、しょぼんとしてしまった。

「兄さん、俺たち…」

しょぼんとするヤンの幼馴染の姿にトランはがりがりと頭を掻いた。

彼らなりにヤンのことを期待して向かい合おうとしたのだろう。

実際工房に来たら姿が見えなくてしょぼんとしているのだろう。

こんな話が姉に知れたら、姉は彼らをその胸に抱こうとするに違いない。

「仕事始める前に、ヤンの墓参り行ってくる!」

ひとりが思いついたように言えば、残りも同調した。

「墓参り?ヤンの?」

トランの疑問に彼らはうんうんとうなずいた。

「後ろ振り返ってみろ」

「後ろ?」

「そうだよ、後ろ」

幼馴染たちはおそるおそる後ろを振り返るとそこには見知った姿が見えた。

ちょうどヤンがリァンと待ち合わせて行っていた昼休憩から帰ってきたところだった。

リァンが紙を手に持っているから緊急の注文の相談があって一緒に戻ってきたのだろう。

「あれ?お前たちも帰ってきたのか?久しぶり」

ヤンの暢気な声が響いて、幼馴染たちが順々にヤンに抱き着いた。

「うわ、なんだよ!!」

「なんだよじゃねーよ!!」

「死んだなんて嘘をつきやがって!!」

「彼女、守って殺されかけたんだろ!!」

「俺たちにぐらい本当のこと言えよ!!」

「かっこつけんな!!」

「そうだよ!お前が死んだと思って俺たちがどんな思いをしたか!」

「生きてまた会えて嬉しい」

大の男が8人もだんごになっている状態を見てリァンは目を瞬いた。

ファナが流したのはほぼ真実の噂だった。

婚約者に目をつけられたヤンは婚約者を守って地方官に殺されそうになった。

2人を死んだことにして隣邦に逃がし、ほとぼりが冷めるまで潜ませていた。

とはいえ婚約者が自分のせいでヤンが殺されそうになったことに酷く傷つき、精神的に参ってしまい、婚礼をあげるまでには至らなかった。

暴動が落ち着いた折、ようやく落ち着いた婚約者と2人揃って町に戻って家族と一緒に復興にかかわったと。

ヤンが幼馴染にも生きていることを伝えなかったのは、地方官が過去にも似たような状況でしつこく追いかけたという話があったからだと。


「うひゃぁ!!」

団子の中心でヤンの悲鳴が上がった。

「なんで体を触るんだよ!!」

「お前、背伸びたよな」

「背っていうより脚が伸びた?」

「前より逞しくなった」

「筋肉…」

「で、婚約者あり…」

「婚礼前なのに一緒に住んでる…」

「てことは、毎日…!?」

幼馴染に羨ましいと言わんばかりの視線を向けられて、彼らの考えていることがヤンはわかってしまった。

「お前らは口を開けばそればっかりだな!!」

だんごの外ではリァンが真っ赤になったが、だんご状態の彼らはそんなことを知る由もなく、ヤンの口から日々の生活を聞き出そうと必死になった。

トランはヤンと幼馴染を呆れた様子で見やってリァンに近寄った。

「今日はどうしたんだ?」

「お昼前に特注が来たので相談に来ました」

「特注…ヤンへの影の依頼か?」

「そうです…」

「もうちょっと待てる?」

トランが視線を送ればギャンギャン騒ぐ他にグスグス泣き出した幼馴染もいてもうしばらく収拾がつかなさそうだ。

「仲良しですね…」

「ヤンの葬式の時だってあいつらは泣いて怒ってたよ」

「怒ってた?」

「なんで俺たちに相談しないんだって、いくらでも力になったのにって」

リァンの目尻が濡れてしまってそっと指で拭った。

「だから、これからはリァンもあいつら頼ってやってよ…」

「…はい…」

「ノリで危ないことしそうな時や飲み歩いて家に帰らない時はお灸を据えてやるから、言ってくれ」

「はい…ふふふ…」

幼馴染に連れ回されてヤンチャをするヤンを想像したら可笑しくなってリァンは笑ってしまった。

だんごの中心でヤンがリァンとトランを一緒にいるのを見て、幼馴染たちをポイポイっと投げ捨てた。

「なんで2人で話しているわけ!?」

「あぁ?他から声かけられないように一緒にいたんだよ」

ヤンがリァンをトランから離すべく抱き寄せれば、揃って幼馴染に取り囲まれた。

「俺、前に会ったの覚えてる!?」

「ヤンにいい人できたって聞いた時、宿屋に見に行ったんだけど」

「隊商相手に勇ましかったよな」

「覚えてる!姐さんを背に隊商と交渉してさ」

「胸ぐら掴まれてたこともあったよな」

「あれは隊商じゃないよな」

「隊商は相手を抑えてくれてた、そろばん突きつけられてキレてた男にも毅然としてたよな」

ヤンの腕の中で話していないことを暴露されてリァンは恐る恐るヤンに視線を動かした。

「胸ぐら掴まれた?相手はキレてた?」

地を這う低いヤンの声が聞こえて、リァンは蛇に睨まれたカエルのように固まった。

「リァン」

その低い声に幼馴染も息を飲んだ。

「俺聞いてない、そんなことあったって」

「ずっと前のことで…その人はすぐに出禁になったし、隊商がうまくまとめてくれて…」

「そう…その男の覚えていることあとで教えてくれ」

ヤンの鋭い視線を向けられて幼馴染たちはこくこくと頷いた。

影との繋ぎをつけたヤンのことだ。

きっと何かをするつもりでいるに違いないとリァンとトランは思った。

彼らのやり取りにトランはヤンを暴走させないように声をかけた。

「ヤン、リァン、仕事に戻れ。お前たちはどうする?仕事していくか?」

ヤンとリァンは特注の相談があると言って工房長や役付きのいる工房の奥に向かった。

ちょっとの距離なのに当然のように指が絡まって寄り添った2人の姿を見て幼馴染たちの眉間に皺がよった。

「見せつけてくれるな」

「あいつってあんな奴だっけ?」

「俺も彼女欲しい」

「本気の恋したい!」

「羨ましすぎる!」

「婚礼前なのに2人住まいってズルい!!」

「目の毒だよ!トラン兄さん!」

「俺の気持ちがわかったか」

トランが言うと少し哀れんだ色がそれぞれの目に浮かんだ。

「なんで俺がお前たちに憐れまれなきゃいけないんだよ!新しくなった工房くらい見ていけ!!」

トランが言うと「うぇーい!」と返事をして彼らは工房へといき、ヤンとリァンにちょっかいをかけていた。

そんな姿を見て「しょうがないなぁ」とトランは息をついて、小間使いの頃からの彼らの姿を思い出した。

そういえば、小間使いで工房に入った頃ヤンがあの中で一番小さかったとか、同い年の彼らに馴染めなくてヤンは常に姉にひっついていたとか、姉や自分のお膳立てでなんとかあの仲間と一緒にいられるようになったとか、他の仲間が好きな子ができたと言ってもヤンは姉に甘えていたとか余計なことばかりを思い出した。

今や一番背も高いし、一番初めに婚礼をあげるのだろうと思えばおかしくなった。

そして、全員揃ったヤンと幼馴染が少しだけトランは羨ましかった。

トランの幼馴染の何人かは離れた先で伴侶を見つけ、居着いてしまってこの町に戻らないと連絡があった。

そして、東に加担していて姿を消した者もいる。

他の何人かはすでに戻ったし、一緒に復興に携わったし、今も同じ工房にいる。

煩わしくもあるが、ありがたくも頼もしいのが同じ釜の飯を食った工房の幼馴染だ。

少しずつ戻る日常は決して以前と同じではないけど、新しい、良いものであって欲しいとトランはじゃれ合う彼らを見て思った。


仲良きことは美しき哉…

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