番外編2 悪女と毒婦の内緒の話1
お姉さんとお姐さんの内緒話編スタートです!
その日、レンカはファナの自宅に呼び出されていた。
指定された住所にやってくれば、思わずため息をついた。
「はぁ…立派なもんだねぇ…」
その門構えたるや、ため息を付かずにはいられなかった。
この町で一番の大商人が住む家ならもっと贅の限りを尽くしてもいい気がするが、それでも十分な広さを備えた家である。
門の前でウロウロしていれば、屋敷の中から出てきた使用人に捕まってしまった。
「レンカ様ですよね?」
その目をキラキラさせた20歳前後の若い使用人に気押されるようにレンカは頷いた。
「一度お会いしたかったのです!お噂を聞いておりました。噂以上にお美しい方で…」
とめどない賞賛に返す言葉がなくなってしまった。
「今日はファナ奥様に呼ばれてきたんだが…」
「そうですよね、失礼しました。ご案内いたしますね!」
若い使用人の女性はレンカを案内しながらも、色めき立ち、レンカを賞賛続け、レンカの方が居た堪れない気持ちになってしまった。
「あのさ…」
「はい、レンカ様?」
「…うー…言いたいことは山ほどあるが、そのレンカ様っていうのをやめておくれ。背筋がゾワっとするよ」
「あら、どうしてです?」
キョトンとする使用人の女性に大きなため息をついた。
小首を傾げてレンカを見つめる女性は明らかにレンカを崇拝しているのがわかる。
「どうしてってそんな柄じゃないからさ」
「そんなご謙遜を…」
「謙遜じゃなくて…どうせあんただってついこの前まで…暴動が落ち着く前まで、私の名前なんて碌に知らなかっただろ?」
「ええ…」
「つまり、そういうことだ。私は別にそんな有名人でもなければ、良いところの出でもないんだよ。なのに、最近になってなんでこんなに注目されているのか?」
「お分かりにならないんですか?」
「さっぱりだよ」
「ご自分の魅力に気づいてないなんてもったいないですわ」
「魅力って…」
そんなのは知っている。
散々男たちを魅了してきたレンカだ。
男たちからの賛辞には慣れており、贈られた言葉が彼女を表す魅力だと思っている。
それがどんなに卑しい下心から出た心のこもってないものだったとしてもだ。
若い使用人の女性は目をキラキラさせ、うっとりしながら、顔の前で指を重ねてレンカを褒め称え始めた。
「お美しい容姿はもちろん、こざっぱりとした性格やハッキリとした物言い、視線だけで男性を魅了するにもかかわらず、決して媚びない凛とした姿。装いも美しく、均整の取れた肉体に、立ち上る色香、その笑顔に恋をしないものはおりません。それに、西の隊商の隊長さんとの恋物語は若い女性の憧れの的です!!」
「だから!なんで、そんな急に噂に!?」
レンカが発狂しそうになるのは無理もない。
男たちからは劣情のこもった視線を向けられるのは慣れている。
もう10年以上もその劣情に付け込んで商売をしてきたのだから。
しかし、最近は、町の暴動が落ち着いて以降、特に若い娘から熱い視線を贈られるのだ。
西の隊商の隊長と恋仲になったなんて、つい最近のことだ。
しかも、話した相手は限られている。
にもかかわらず、もう町の人間が知っている。
半年に一度の逢瀬だけでなく、会えない間の無事を思うレンカの熱い思いにすら若い娘たちが熱狂しているという。
先日は、若い娘から恋文のようなモノまで受け取った。
西の隊商の隊長向けかと思えば、宛名は「レンカ姐さんへ」となっているから自分が受け取るモノで間違いないだろう。
恋敵への宣戦布告かと思えば、レンカへの熱い恋情に近い思いが綴られていて頭を抱えた。
若い娘たちの話を聞いたり相談に乗ったりするのはやぶさかではない。
だが、憧れとも恋情ともわからぬ感情を向けられては、流石にどうして良いかわからない。
こんな恋文に似た文が恋仲である西の隊商の隊長に見られたらあらぬ疑いをかけられそうだ。
いやいや、その前に、この噂をネタに女性同士の恋愛物語が出来上がるのではないか…
やりそうな人たちはすぐに想像がつくけれど。
「ご存じないんですか?」
「何を?」
「奥様が噂をばら撒いていること。私たちはその噂をばら撒く手足をしておりますので、レンカ様にお会いできて嬉しいのです」
ふふふと若い使用人の女性は笑った。
レンカはキョトンとして、「やっぱり…」と大体を悟ったが、一つだけ言いたいことがあった。
「元凶はファナ姉さんだってわかった。詳しいことは本人に聞くよ。それよりも、あんた、レンカ様ってのだけはやめておくれ」
「では何てお呼びすれば?」
「こちらの奥様には『レンカさん』、親しい娘たちには『レンカ姐さん』や『姐さん』と呼ばれているよ」
「まあ、そんなに親しげにお呼びできるなんて光栄です!!他の者にも伝えますね、嬉しいですわ、レンカ姐さん」
そう言って応接間に案内したかと思えば若い女性は黄色い声をあげ、飛び跳ねる勢いで部屋から出ていった。
「…ははは…」
脱力して応接間の長椅子に座っていれば、ファナが現れて、先ほどとは違う使用人がお茶を持って現れた。
人目のないところでも背筋を伸ばし、美しい姿勢を保ったままのレンカに使用人の女性は目を瞬かせ、頬を染めた。
「ありがとう」と微笑みを湛え礼を言うレンカにお茶を出して浮き足立つ使用人の女性の姿にレンカもファナも呆然とした。
パタンと扉が閉まり、ファナと2人きりになって、レンカはファナをギロっと睨んだ。
「ちょいとファナ姉さん、やりすぎじゃないかい?」
「もう!レンカさんが魅力的なのがいけないのよ。ちょっと噂を流したら、あっという間に尾鰭も背鰭も増えたのよ」
ほほほ、と笑うファナはあの日対峙して、見事な高笑いをして見せ娼婦街の女たちを傘下に納めた悪女然としたままだ。
あの日を境に、ずいぶん生活が変わった。
レンカは囚われた可愛い妹分を守るために屋敷に上がり、町から姿を消した。
享楽と淫蕩に耽る毒婦が屋敷で贅沢に暮らすと言う噂が流れ始め、町からも税金を取り立てたとされている。
その結果、この町に暴動を起こし、町は自治権を取り戻した。
東の国では皇帝の足元がぐらつき、失脚するとかしないとか…。
そのため享楽と淫蕩にふけった女性は悪女とも毒婦とも傾国とも呼ばれている。
そんな女性が本当にいたかは当事者以外は知らない話だが、皇帝を失脚させる悪女も毒婦も傾国も市井ではとてつもない人気なのは変わらない。
皇帝や役人に一泡吹かせたからか、一般市民が胸がすく話なようなのだ。
物語の中では町の人たちの怒りを買って殺されてしまうが。
事実、レンカの妹分は本人が望まぬうちに屋敷に囲われ、享楽と淫蕩に耽るどころか虐げられた。
彼女を助けるべく立ち上がったレンカやファナや協力者のおかげで彼女は今もこの町でひっそりと生きている。
彼女は悪女、毒婦、傾国が人々の間で話題になるたびに少し身を小さくしているのが気の毒なのだが。
「ねえ、レンカさん」
「なんだい、ファナ姉さん」
「この町で流している噂なんだけど…」
「それに関しては文句を言いたいね!」
冷たい視線をファナに向ければ、真面目に真摯なその様子に目を瞬いた。
「それが今日の呼び出しかい?」
「ええ。レンカさんの協力が必要なの」
「言ってごらん、聞くだけは聞いてやるよ」
横柄な口ぶりではあるがレンカがこの話を受けないはずはない、そうファナは確信している。
だってこの人は可愛い妹分のためになら、自分の命を賭けられる人なのだから。
「皇帝失脚のきっかけを作ったリァンさんを気に入らない人たちがいるみたいなの」
「悪いことになったらファナ姉さん、あんたの弟が黙っちゃないだろ?」
「もちろん。あの子のことだもの違う意味で町が騒然としちゃうわ」
「…町を滅ぼすのだけはやめておくれよ」
「そうなってもおかしくないわ」
「あんたもだけど、難儀な子たちだねぇ…」
レンカは呆れたように笑った。
ファナは言われた言葉に引っかかったが、ファナが言う前にレンカが口を開いた。
「それで私に何を協力しろって?」
「噂の毒婦、悪女、傾国になってちょうだい」




