番外編 白の大地 雪の女王 8
ザイードの隊は予定通り出発した。
ザイードは最終点検をして、見送りに来てくれたリァン、ヤン、ファナ、トラン、カドやレンカその他顔見知りに深く頭を下げた。
「ねぎらい感謝する。俺は変わらずこの町に戻ってくる。また会おう」
隊商の連中も見送り人も次のザイードの行動に注目する。
「俺の月の女神。またお会いできるまでしばしお暇を」
そう言って、リァンの前で片膝をつきその手を取り唇を寄せた。
するっとリァンの指を親指で優しくなぜ、手を放して立ち上がった。
「いくぞ、野郎ども!」
号令をかけて隊商を引き連れ振り返りもせず西の砂漠に向かっていった。
「最後の最後までいつも通りだったわね」
「うーん、あの人も底を読めない人だよね」
レンカを始め一同はじっとリァンを見つめる。
リァンは目をぱちくりと瞬かせた。
「リァンさん、宴会の時ザイードさんと何を話していたの?」
「口説かれていたって驚きやしないよ」
「えぇ!?」
「あの宴席に戻ってきたザイードさんもなんだか意味ありげだったし」
ファナとレンカにぐいぐいと迫られてリァンはびっくりした。
なにもないとはわかっているものの隣のヤンがそわそわとしているのがわかる。
リァンはいたたまれなくて、視線をきょろきょろと動かすが、気を取り直すように咳をひとつ。
それから、隊商が去った先に目をやった。
「話を聞いていただけです。あの人の大切な人の話を…」
あの人は今は亡いたった一人を思い続けているんですからと言いかけてやめた。
リァンはザイードが話してくれたアフラの話は内緒にしておこうと思った。
亡くしたものを埋めるようにほかの相手を愛するなんてあの人は器用なことはしない。
あの人に亡くした女性と同じくらい愛される人はそうはいないだろう。
だって、亡くした愛する人には「女王」を使うのだから。
「女神」と呼ばれて一線を画される自分はあの人の思いは受け取ってはいけないし、思いを返すなんてもってのほかだ。
いつかあの人は雪の女王の懐に抱かれに行くのだから。
「必ず会いに来て」
あの時、ヤンやファナたちを守り、誰かに助けを求めるとしたらザイードだと思った。
大切な人たちを守るための唯一の希望にしたかった。
約束を果たしてくれたあの人に返せるのはせめてもの感謝と親愛の情、女神としての慈悲だけだ。
それ以上はあの人も受け取らないだろうと。
あんな悔し紛れの言葉を「熱烈な恋文」なんて言う愛情豊かなあの人に心から愛される雪の女王。
また会える時が来たらあの人は躊躇なく、月の女神の前を辞し、雪の女王の元へ馳せ参じるのだろう。
月に見守られながら雪原で一人、死を待つザイードの姿を思い浮かべたらその日が来るのが少しでも遅いことを願いたくなった。
あの人が雪原に行かなくてもいいように、その腕に抱いて幸せにしてくれる人が現れてほしい、と。
「私はあの人に何も返せないんです。あんなに尽くしてくれて感謝してもしたりないのに。思いを向けられても思いを返せない。返したってあの人は受け取らない。本当の女神じゃないから、慈悲も加護も渡せない」
ぽつりとこぼす言葉に少しだけ涙がこもった。
「だから、あの人を愛してくれる人に出会ってその人と幸せになってほしいと思うんです。そんなことしか願えない…」
そんなことをつぶやくとヤンがリァンをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だよ、あの人はリァンの望みはなんでもかなえてくれる」
「そうね。次来るときにはザイードさんに『良い人』ができてたりして」
「え??」
リァンがきょとんとすると一同が少し呆れた顔をした。
「君はザイードさんの幸せを望んでいるんだろう、リァン?」
「はい…」
「しかも『愛してくれる人と出会って』ときたもんだ」
「あの旦那のことだ、ちゃんと叶えてくれるよ、あんたのその望み」
レンカがニヤリと笑うとリァンは目を瞬いた。
自分が口に出したことを思い出した。
この場にザイードがいれば、少し複雑そうな顔をして「すべては我が月の女神の望むままに」と返してくれるのだろうか。
リァンはそのまま願うように隊商の去った方を遠く見つめた。