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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
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7. 翌朝のこと 1

完結済作品。週2回更新中!

翌朝、リァンは台所から漂う香ばしい香りで目を覚ました。

腕の中でぐっすり寝ていた子どもたちは、えへへ、と笑いながらリァンに抱き着いた。

「なんか安心する・・・」

摺り寄せられた頭を一つ撫でて、3人はそろって台所へと顔を出した。

台所ではウェイが朝ごはんを造っているらしい。

3人の姿を見て、ツェンがひとつ鳴き、しっぽをぶんぶんと振り回す。

「おはよう」

と声をかければ、ウェイからも挨拶が返ってくる。

こんな穏やかな朝はいつぶりだろうと考えた。


顔を洗うために水がめをあけた。

水はだいぶ減っていて、「いつもより人がおおいからだ」となんとなく納得した。

「リァン、今日仕事は?」

「今日は午後からだけど、それまでに水を汲んでこないといけないわね。そして、部屋の掃除もしなきゃ」

リァンは昨日よりも少し柔らかい印象をウェイに与えた。

ご飯を一緒に食べたのが良かったのか、それとも子どもたちの体温を感じながら眠ったのが良かったのか。

「仕事行くまでゆっくりしてて。僕が水を汲んでくるし・・・井戸の場所がわからないな・・・」

ウェイは思いついたように言うと、リァンは目を丸くする。

「それで、その・・・朝ごはん作りました!ツェンも一緒に!」

「ツェンも一緒に!?」

子どもたちが声を立てて笑い出した。

「ツェンすごいねー」「お手伝いすごーい!」と笑っている。

リァンはくすりと笑うと、朝ごはんが並んだ食卓に着いた。

「あなた、変な人ね・・・」


「水を汲みに行ってくるわね」

朝ごはんを終えて、リァンは椅子から立ち上がる。

今日はまず、水を汲んでこなければいけない。

それから部屋の中を少し掃除する。

子どもたちは家の中に置いておいて、ウェイとツェンに見ててもらえばいい。

ウェイがほかの男たちのように子どもにちょっかいをかけるような男だとは思えなかった。

全くの人畜無害とは言えないけれど、子どもたちの母親が起きるまで一緒にいてくれれば助かる。

「そうだ、リァン、これ持って行って」

ウェイはカバンをツェンに突き出し、ツェンはカバンの中から何かを取り出した。

ツェンの咥えていたものを見ると、厚めの革で作られた二つ折りの小さな小物入れだった。

小物入れを開けると中には針2本と白い糸が入っている。

「針と糸?」

「うん、たぶん君に必要なんじゃないかな、と思って・・・」

リァンは首をかしげているが、ウェイはにこにことし、ツェンに至っては嬉しそうに口を開け、しっぽをパタパタと振っている。

リァンはなんとなく釈然としない思いで、革の小物入れをスカートの隠しにしまい、桶をもって家を出た。



娼婦街の外に水汲み用の井戸がある。

朝から女たちの明るい声が聞こえてくる。

朝仕事に立ち代わり女たちが水を汲みに来るのだ。

井戸端会議とはよく言ったものだ。

水を汲みに来た人の邪魔にならないように、少しよけたところで、何人かが集まりしばらく話をしては楽しそうに笑い転げている。

そういえば、母親がこんな風に笑い転げる姿を見たことがなかったな、と思った。

「おはようございます」

リァンが声をかけると挨拶は返ってくるが、楽し気な話題に戻っていった。

最近は砂漠を超えてくる隊商が多いだの、砂漠の向こうのものはあまり口に合わないのだの、市場でも「海のもの」という珍しいものが増えたなど、話題は尽きることはない。

そんな話題に耳を傾けながら、リァンは井戸の滑車を下ろしていく。

するすると降りて水をくみ上げ、途中まで持ち上げたところ、滑車がギシッと音を立てた。

何かを嚙みこんでしまったのかびくともしなくなった。

リァンは水の入った桶を何とか引っ張り上げようと縄に手をかけたところ、思った以上の重さにバランスを崩し、井戸にひきずりこまれそうになった。

「あぁ・・・!!」

下半身が井戸のふちに勢いよくぶつかり、一瞬バランスを保ったように見えたが、上半身は井戸に向かって傾いた。

スカートがビリビリッと破れる音も聞こえて、「もうダメだ!!」と思った。


「危ない!!」

声が先か体が支えられるのが先か、わからぬままリァンは井戸の傍に座り込んでいた。

胸と腰にはたくましい2本の腕が巻き付いており、「助かった」と思ったのもつかの間、見知らぬ男に抱かれていることに気づいた。

「え・・・えぇ!?」

「お、大丈夫そうだ」

リァンは抱かれたまま男を見上げた。

若干、リァンより年上で、黒髪は短く切られ、首に手ぬぐいをかけていた。

リァンを抱いている腕は日に焼けて、かつたくましく、体はリァンを抱いて余りあるほどがっしりしている。

「え・・・えと・・・・あの・・・」

リァンはしどろもどろと若者を見ると、若者はニカっと笑い、リァンを抱いている腕をほどき立ち上がった。

井戸のほうに行くと、リァンが持ち上げようとした桶を重さを感じさせないかのように持ち上げ、リアンの桶に水を移した。

「あ・・・これかぁ・・・縄が絡まってるのか・・・」

独り言のようにつぶやくと慣れた手つきで縄の絡まりをほどき、滑車の動きを確認している。

「あ・・・あの・・・ありがとうございます」

リァンがやっとのことで言葉にすると若者は振り返って笑って見せた。

「いいってことよ。・・・俺も朝から何気に役得だし?」

若者は意味ありげに笑って見せる。

リァンが何事かと思っていると、側にスッと寄ってきて、リァンの耳元でこそっと言った。

「見かけより意外とあるんだな、胸。それに、脚丸見えだよ・・・」

リァンは若者を見上げ、先ほどまで抱かれていた時にどこに若者の手があったかを思い出し、自分の脚を見下ろすとスカートが破けて脚が丸見えになっているのを見ると赤くなったり青くなったりした。

口をパクパクと動かすリァンに「刺激が強すぎたか・・・」とのたまう若者は上着を脱ぐとバサッとリァンの脚が見えないようにかけた。

「からかった詫びな、次あったら返して」

手をひらひらと振ってそのまま立ち去ろうとした若者に、リァンは声を出した。

「待って!!スカートを縫ったらすぐ返すから、ちょっと待ってて!」

リァンはスカートの隠しから革の小物入れを取り出した。

若者の上着をスカートの破れた部分から脚が見えないように隠してから、糸を針に通した。

針と糸を取り出したリァンに若者はおぉと小さく声を上げ、「そういうことなら」と言って、リァンの隣に腰を下ろした。

リァンは手早くそれでいてしっかりとスカートの破れた部分を縫い始めた。

乱雑に破れたのではなく、まっすぐ裂けるように破れたため、縫うこと自体にはあまり時間がかからなかった。

「へぇ、器用に縫うもんだなぁ・・・」

隣から覗き込まれては若干手元が狂いもしたが、ほどなくスカートは縫い終わった。

糸と針を処理して、リァンは若者に上着を返す。

若者が上着を羽織った時に二人は気づいた。

先ほどリァンを助けたのが原因かわからないが、袖の部分が盛大に破けているのを。




次回更新は8月6日です!

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