番外編 白の大地 雪の女王2
ザイードが初めて隊商に加わったのは15の時だ。
アフラとは幼馴染で、同い年、幼いころはしょっちゅう一緒にあちこち駆け回っていたが、年頃になると自然と距離があいた。
アフラも母親の仕事の手伝いをしており、ザイードの初めての旅立ちには見送りに来てくれた。
「ザイード。気を付けてね」
「アフラ。見送りはいらないのに」
「何言ってるのよ、あんたの見送りじゃない。うちのラクダと荷物なんだから、毎回見送るし、毎回迎えるよ。あんたはついで」
そう笑顔で言われれば、うっと喉が詰まった。
先輩たちがニヤニヤとしながらザイードの肩や背を叩いた。
「あんたの隊が帰ってきたらちゃんと出迎えるよ。いってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
先輩たちにからかわれ、茶化されながらの道中が続いた。
初めてということであてがわれたのは短距離の旅程であったが、それでも終わりが見えないほど遠く、目的地に1週間ほどでたどり着いたときは思わず気が抜けた。
もちろん帰りは同じだけの旅程が必要だったが、途中の町を大きく迂回して別の町にもよったので、さらに1週間ほど余分にかかった。
「おかえり!!」
そういってアフラに笑顔を向けられたときはどきりとした。
ドキリとしたが、アフラはラクダたちを一頭ずつ頬を撫でてねぎらっていた。
隊商の男たちにも一人ずつ声をかけた。
ザイードになにか特別なものがあるわけでなく、全員にねぎらいと感謝と無事の帰還を喜んでいた。
それだけだった。
その後、距離は徐々に長くなったが、近距離・中距離を主に担当していると、ある時アフラの表情が違うことに気づいた。
遠距離の隊商が帰ってきたときに、その中の男の一人にアフラが花もほころぶような笑みをもって迎えた。
アフラのそんな笑顔を見たのは初めてだったからザイードは驚いた。
「あの人はハキーム。まだ若いが、隊商の隊長になるのを期待されているんだよ。で、見ての通り、アフラの思い人だ」
そんなことを先輩から言われてがっくりと落ち込んだ。
「でも、ハキームにそんな気はないだろ」
「いやいや、わからねぇだろ?」
「ま、お前にもチャンスはあるかもしれないな」
ばんばんと音が出るほど先輩に背を叩かれた。
胸も痛く背も痛く、その日はザイードは随分と落ち着かなかった。
実際ハキームはアフラには気がない様子ではあった。
とはいえ、とんでもない色男なのは間違いなく、街で見かけるたびに違う女性を親し気に連れ歩き、隊商の送り迎えの時にはとんでもない数の女性が詰めかけたのであった。
ザイードはアフラの視線を受けることもしないハキームの姿に腹が立ち、そんなハキームの後姿を熱のこもった視線で見つめたり、つれなくされて傷ついた顔をするアフラを見て胸が痛くなった。
ハキームを含んだ隊商を見送り、女たちもはけ、それでも隊商が去った方を一心に見つめているアフラにザイードは言った。
「あんな奴、やめておけよ」
アフラはまさか声を掛けられるとは思っていなかったらしく、体を震わせた。
「ザイード、あんたまだいたの」
「まだいたのじゃねぇよ。そんなもの欲しそうな顔をしやがって、みっともねぇ」
アフラはカチンと来たようだった。
「あんたには関係ない」
バッサリ切られてそれ以上に言葉が出てこなかった。
とは言え、関係あるとも言えなかった。
どう関係があるのかわからなくて、伝えることができなかった。
言葉に詰まって考えている様子のザイードを見て、アフラは仕方ないなあと言わんばかりに軽く息をついた。
「そうは言っても私もそろそろ嫁に行く先が必要なんだよ」
「それがあいつなのか?」
「そういうわけじゃないけど、嫁に行く前に人を好きになってその人に思いを返してもらえたらいいなって思うんだ」
恋を夢見るそんな姿にザイードは胸が苦しくなった。
「でもさ、私の見た目がさ、この辺のひととは違うだろ?」
アフラの姿は北方系の民でザイードたちのような彫りが深く黒髪黒目とは違った。
「だからさ、私の嫁ぎ先は婆様の縁戚筋になりそうなんだよね」
アフラは嬉しいのか悲しいのかわからないそんな顔をして笑った。
名前も顔も知らない男に嫁ぐのはよくあることとはいえ、そんな男と一生を共にするのは幸せなことなのかアフラもザイードもわからなかった。
だからこそ一生に一度の思い出のように誰かを好きになってその誰かから思いを返してもらえたらと願ってしまうのだ。
「雪深いところだって言っていた」
アフラが知っているということはだいぶ話が詰まってきているのだろう。
ただ、相手の男とは会ったこともないし、誰かもわからない。
たぶん、1年くらい、2年たたないうちにアフラはその男のもとに嫁ぐのだろう。
「嫁ぐまであんたをちゃんと見送ってやるし、出迎えてやるよ」
「ラクダと荷物のついでだろ」
「そうだよ、ザイードはわかってるぅ」
アフラはザイードに笑みを向けた。
その笑みは親しみを込めてはいるが、愛しさも恋しさも熱も含まない、幼馴染の友人に向けた笑みだった。
その笑みを見るだけで胸が痛かった。
ハキームのいた隊が盗賊に襲われ、全滅したという話が別の隊商からもたらされた。
全員が大きな衝撃を受けたものの、状況は隊商からもたらされるものだけで、確固たる証拠もなかった。
証拠もなかったが、アフラの母は隊長たちを呼び集めて、大幅に旅程を変更してもいいから、安全の道をとるようにと言ってきた。
「多少利幅が減るのはしょうがない、命あっての物種だからね」
それから、全滅したという隊商に弔いをささげた。
「ありがとう。あんたたちの献身は忘れないよ。どうかゆっくり休んでおくれ。そして、これから西へ東へ行く連中を見守っていておくれ」
ザイードはちらりとアフラを見たが、硬い表情のままだった。
「アフラ」
「ザイード。あんたももうすぐ出発だろ?」
「そう、明後日」
「もともと長い旅程だって言うのに、さらに長くなりそうだね」
「1年くらいになるって言っていた」
「1年・・・そんなに?」
アフラの顔が曇った。
急に身近な幼馴染の姿が1年も見られないと思うと心細くなった。
それに、たぶんだが、ザイードが帰ってくる前には自分は嫁いでいるだろうとアフラは思った。




