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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
67/167

65 終幕11  婚礼式にて

完結済作品。週2回更新中!

 ザイードとその隊の滞在に合わせて、義兄の兄夫婦も呼び、ヤンとリァンは世話になった人たちに囲まれて婚礼を上げた。

復興後のそこそこの金をかけた慶事ということで、婚礼衣装を仕立てた工房だけでなく、料理を用意した料理屋も材料を調達した問屋たちもできる限り力を出し切ったものになった。

ただ、誰の婚礼式かよくわからないようであったが、町の重鎮や西の隊商や隣邦でも有数の商家であるゼノが参加していることから、関係者の子息と息女であろうということになった。

ちゃんと化粧をし、美しく装ったリァンを見て、ヤンはため息をついた。

「きれいだ・・・」

それ以上の言葉が出てこなかった。

リァンを抱きしめて、口づけをかわそうと近づいたところをファナに止められた。

「衣装も化粧も乱れるから、お披露目が終わってからにしなさい、わかったわね」

姉に睨まれて、しぶしぶうなずいた。

ザイードはさすがに慶事の場でリァンといちゃつくのははばかられたのか、隊のものを揃え礼節と親愛の情を湛えて、2人にあいさつをした。

立ったままではあるが、リァンの指先に触れ、口づけを贈るのは忘れなかった。

その時に二人の間に流れた親愛の情に居合わせた面々は思わず赤面してしまったが。

 兄、義兄、ザイードや知り合い、舎弟にもみくちゃにされ、からかわれながらもヤンの穏やかな様子を見てゼノはやわらかな笑みを浮かべていた。

リァンはファナやレンカ、リーフェと一緒に揉みくちゃにされるヤンを見ていた。

ゼノはそのリァンの横顔に先達が時折見せた雰囲気を感じ取った。

先達は人を食ったような表情をよくしていたが、夜空を見上げて全てを見通すような表情を見せる時の雰囲気は静まり返るような冷たさだった。

白金に輝く衣装が彼女を引き立てた。

静かな涼やかな雰囲気と相まって月の女神のようだ。

「あの人の娘か…」

ゼノはリァンの横顔に亡き先達を思い出し1人呟いた。

懐を探り、触れたものに随分長い時間が過ぎたと思った。

ゼノはヤンと共にあいさつに来たリァンに対しては紳士的な態度を見せた。

「初めまして。カドの兄のゼノだ」

「初めまして。リァンと申します。お義兄様とお呼びしてよろしいでしょうか?」

リァンが問えば、カドによく似たそれでいてさらに余裕のありそうな笑みを浮かべた。

「もちろん」

「ヤンがお世話になったと聞きました」

ゼノはヤンを預かった日々を思い出し少しだけ苦虫をかみつぶした顔をした。

「ここだけの話、私は子守りが苦手なのだ。あれは甘ったれのやんちゃ坊主で手を焼いた」

ゼノは小声でそういったが、少しだけヤンをからかう声音であった。

リァンはそれを聞いてふふふとその様子を思い浮かべて柔らかく笑った。

「君も大変な思いをしたと聞いたよ。これからはヤンと2人で幸せになりなさい」

「はい、ありがとうございます」

リァンはゼノが言葉に含む意味に気づいた。

この人は全てを知った上でヤンと自分を受け入れ、2人の祝いに来てくれるなんと懐の深い人だとリァンは思った。

「そうだ、君にはこれを。祝いになると良いが」

そういうと懐から豪華な刺繍を施した革の小物入れを取り出しリァンに渡した。

達筆な文字と幼い文字、いくつかの落書きと手形のある古い紙が一枚入っていてリァンはそれを広げた。

それを見て、リァンの目に涙が溢れた。

「ありがとうございます。お義兄様。どうして、これを・・・」

「君の御父上から生前お預かりしたのだ」

「そうでしたか・・・ぜひ、父と母の話をお聞かせください」

「もちろんだ。これと似た手紙のやり取りでも良いぞ。君が大好きなご両親は困難においても自らの才覚で生き延びる素晴らしい娘御を残した。君はそれを誇りなさい」

「はい…」

この人はこの古びた紙に何が書かれているかを知っていて、リァンにいつ渡せるかわからないまま、捨てもせず今まで持っていてくれたと知った。

その古い紙に記された達筆な文字は父の手によるもので、「己の才覚で困難においても生き延びよ」と書かれていた。

西の言葉で左右反転させた文字だ。

娘に残すにはずいぶんな言葉だが、生前の父がよくリァンに言っていた言葉だ。

今となっては父はリァンが巻き込まれる運命を知っていたのではないかと思ってしまう。

父とは西の国の言葉を左右反転させた文字を使った手紙のやり取りをした。

この手紙の隅には幼い自分が「お父様、お母様大好き、スァイもラシード隊長さんも」と左右反転の西の言葉を書いて返したのだ。

スァイと弟の名前を書いた後、父に「隊長さんの名前って何て言うの?」と聞いたら、父もちょっとだけ考えた。

「ラシードだよ、つづりはこう」

と言って別の紙に書いてみせてくれた。

そんな父と娘のやり取りを見ていた母親がいたずら心でちょっとした落書きをし、弟が手形を残した。

父は「ぐちぐちゃじゃないか」と文句を言っていたが、クスクスと笑っていて、そのあとも時々この紙を眺めていた。

父が亡くなり全てを失ってしまったあとに、こんな手紙が残っているなんて考えたこともなかった。

みんな、いなくなったと思っていた。

だけど、姿が見えないだけで、たぶんこの場にいるに違いない。

父と母と弟と隊長が笑顔で、今この場で祝ってくれるようにも感じた。

「何かな?」

涙がこぼれるのを必死で抑えているリァンを支えながら2人のやり取りを見て難しい顔をしたヤンにゼノは少し冷たい声を出した。

「義兄さんが義兄上を懐の深い方とおっしゃっていたのがようやくわかりました」

ヤンの素直な言葉にゼノは言葉を詰まらせた。

聞きようによってはだいぶ嫌味だが、ヤンにはそんなつもりはないのだろう。

「君も随分な嫌味を言うようになったものだ」

「そう言うつもりでは」

「わかっておる。が、正直なだけ、優しいだけ、思いだけでは生き残れず、大切なものを守れずは君も痛感しただろう」

「はい」

「学んだこと、身につけたことをこれからも活かしなさい。彼女も生まれてくる子供たちも君が守りきれるように」

「心得ました。義兄上、ありがとうございます」

ヤンは深々と頭を下げた。

隣でリァンも感謝の意を込めて、ゼノに頭を下げた。

ゼノはむずがゆく、2人をまとめて甘やかしたいという珍しい感覚に襲われた。

そんな自分の感覚に驚き、それを気取らせないように意地悪く言った。

「君たちの力が必要な時はいつでも巻き込むから覚悟しておけ」

ヤンの背中がびくんと震えるとゼノは満足げに笑った。



次回更新は2/25です!

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