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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
62/167

60 終幕 6 泥中の蓮

完結済作品。週2回更新中!

「ヤン…」

名前を呼んで、次に何を言おうかと考えているようだった。

言いたいことはいっぱいある。

どれも言い方を間違えたらお互い傷つけあってしまう気がするし、これで2人の関係も終わってしまうかもしれない。

だけど、何か言いたい。

「レンカ姐さんが言ってた。どんなに汚れていても泥の中でも花は美しく咲くって。レンカってその花だって」

「なんか、あの人にぴったりな名前だな…」

ヤンの息がリァンの耳にかかった。

「そう思う…だからね、ヤンの手は汚れているって思ってもキレイな花を咲かせられるよ…」

リァンがスリッとすり寄ればヤンは救われたようだった。

リァンが好きで、腕の中に抱えて見つめれば花がほころぶよう笑ってくれて、自分には間違いなくリァンが美しい花だし、この花を咲かせられれば他になにもいらないとさえ思う。

少し遠慮がちにリァンの髪を撫で、頬を指でなぜた。

ただ、その優しい手つきをリァンは拒むように顔をそらした。

「あのね、ヤン…話を聞いてくれる?」

「うん」

「私ね、屋敷にいてすごく怖かった。すごく傷ついた。すごく死にたかった…」

ヤンの手がリァンの頬に触れる。

真っ直ぐに見つめてきて、「生きていて良かった」と訴えてくる。

「でも、助けられてヤンが生きてるってわかった時が一番死にたかった…」

リァンの声が涙で震えた。考えもしなかった言葉がヤンを傷つけた。

「リァン!?」

「ヤンが死んだと思っていたから、私も死にたいと思ってこの身を汚したの…」

「あ…リァン…」

詳しくはリァンも言わないけど、何があったのか想像はついた。

ヤンが泣きそうになった。

自分の無力さが情けなくなった。

「ヤンを責めてるんじゃないの。私、ヤンが怖いんじゃなくて、ヤンといるとヤンを汚してしまいそうで、傷つけてしまいそうで怖い…ヤンが生きているのは嬉しい。でも、ヤンの側にいるのが怖い…ヤンを傷つけるくらいなら…死にたい…ヤンに汚れた私を見せたくない…死んでしまいたい…」

リァンはようやく自分の思っていたことをヤンに言えた気がした。

なによりも怖いのは自分の手でヤンをさらに傷つけることだ。

この優しい人は自分のために命を落としかけ、助けられて、辛い思いをするほど手を汚してくれたのだ。

優しいだれよりも愛してくれる人は自分が目の前で凌辱されても受け入れてくれた。

囚われ、解放されたあと、抱きあって口づけも熱も交わした。

何度も体を重ねた。

大切にされればされるほど、自分がどんどん汚らしいものに思える。

その汚さがいずれヤンをずたずたに傷つけてしまうんじゃないかって思う。

ヤンを傷つけるくらいなら離れたい。

死んでしまいたい。

でも、どんなに傷つけても自分を受け入れて離さないでほしい。

相反する気持ちが同じくらい強くあって、ヤンとどうやって触れ合っていたのかも思い出せない。

ヤンもリァンを傷つけないように遠慮していたし、彼がしてきたことは彼を苦しめている。

生きるためのことだったし、リァンのせいでなんて思ったこともない。

リァンを好きなのに、自分が好きでいていいのかと考えている。

でも絶対にこの腕からリァンを離さないこと、どんなに傷つけられても全てを受け入れることは決めている。

「リァンが死ぬなら俺も死ぬ」

ヤンは静かに答えた。

その静かさにリァンはヤンの決意を感じた。

「あ…ダメ…」

大粒の涙がリァンの目からこぼれた。

自分は何を言ってしまったんだろうと思った。

ヤンは自分のためにいかようにも手を汚すし命すら捨てるとわかった。

「俺が生きるために手を汚したことなんかどうでもいい…俺が一番辛いのは自分の手でリァンを取り戻せなかったことだ。この手にリァンを抱けなかったことだ。俺にとってリァンがいない世界は意味がないんだ…」

自分は屋敷に囚われヤンが死んだと知ってヤンがいないなら世界を滅ぼそうと思った。

ヤンも同じことを思っていると知って、浅ましくも嬉しくなった。

「リァン、俺と一緒に生きて。リァンが生きるならいくらでも受け入れる。辛い苦しいと暴れても俺の腕から離さない。リァンをこの腕に抱けないあの時に比べたら、リァンに汚されたり傷つけられたりする方がずっといい」

「ヤン…私、ヤンとずっと一緒にいていいの?」

「俺と一緒に生きてくれ」

「私、こんなに汚れていて、ヤンも汚してしまうのに…」

ボロボロとこぼれるリァンの涙をヤンはぬぐい取る。

ヤンはリァンにも自分にも言い聞かすように問いかけた。

「汚れていても泥の中でも花はきれいに咲くんだろ?」

「私も綺麗な花、咲かせられるかなぁ…」

「今も俺の腕の中で咲いているよ…」

泣きながらつぶやかれた言葉に少し呆れたようにヤンは笑った。

誰が何を言おうと、どんなに汚れていると言われても、自分の腕に抱かれている女性は自分にとって大輪の花なのだから。

リァンの額に唇をあて、頬を指でなぞり、手を取り指先にも口づける。

ぎゅうっと音が出るほどヤンはリァンを抱きしめた。

しばらくそのまま抱き合って、互いの衝動が落ち着いた頃、少し体を離した。

「リァン、俺と一緒に生きて」

「ヤン、私とずっと一緒にいて」

互いの言葉に目を見合わせ、微笑み、同意のように口付けをし、手を握りあってそのまま次の現場に向かった。



次回更新は 2/8です!

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