5.娘の過去 1
週2回更新中!
リァンの父親はこの町でそこそこ裕福な商人だった。母親は父親の商家と取引のある小さいながらも東の都の小間物を扱う商家の出だった。
家同士の取引で二人は結ばれた。
砂漠の最初で最後の町の裕福な商人らしい結婚式だったと聞く。
結婚当時、母は今のリァンと同い年、父親は10歳離れていたというけど、若い妻をかわいがるように愛したと聞いたことがある。
リァンは両親の結婚から1年ちょっと経った頃に生まれた。
父親はことのほか娘をかわいがった。
だからといって妻をないがしろにはしなかった。ほどなく、妻は第2子、待望の跡取りとなる男の子を産んだ。
リァンにはこのころのはっきりした記憶はないが、隊商が毎日のように出入りしていたことだけは覚えている。
そう、しょっちゅう立ち寄っていた隊長のような顔立ちの隊商の面々には非常にかわいがってもらった。
その隊商は母親の実家の商家とも付き合いがあり、幼いころの母親を知り、裕福な商家で幸せに暮らす母親をまるで娘のように思っていたのだ。
だから、その娘であるリァンのこともことのほか可愛がってくれた。
可愛がるどころかまだ幼いリァンに彼らの言葉を教えたのもこの隊商の面々だ。
”お嬢様にはぜひひいきにしてもらわなきゃだからな”
と言って豪快に笑った。
商家の娘らしく、読み書きそろばんを教えられた。ほかにも商品を実際に見せてもらうこともあった。
娘らしく刺繡に楽器なども教わった。
リァンが覚えている限り幸せの記憶しかなかった。
しかし、ある日、父親がものも言わぬ姿で帰ってきてから生活が一変した。
理由はわからない。
商家の番頭や下働きが言うには、「だまされた」のだそうだ。
騙された父親の葬儀が終わるころには、母親と弟以外誰もいなくなっていた。
母親の実家もあおりを食らってなくなっていた。
身を寄せる頼れる縁者もなく、3人がたどり着いたのが娼婦街だった。
初めは物珍しそうに3人を見ていた女たちは非常に世話焼きではじめのころは誰かしらが家にいて色々と世話を焼いてくれたものだ。
同じ年頃の子どもたちとも遊んだ記憶がある。
母親がかろうじて持ち出した持ち物やお金が尽きるころ、母親は女たちと同じように色を売り始めた。
客をとるときに子どもは置いておけないから、客をとれない女たちがまとめて子どもの面倒を見るのである。
初めて母親とは別の家で夜を明かした次の日、暗い家の中で母親がぼんやりとしている姿を見た。
母親は帰ってきた子どもたちに軽く目をやり、自嘲気味に笑った。
その日からリァンは母親の笑顔が怖くて仕方なかった。
それから1年ほどたったある日、出入りの隊商の隊長が娼婦街で母親の姿を見つけ、地に伏して大声で泣いたのだった。
「お嬢様!!」
隊長は母の手を取って泣いた。母はその手を振り払うことなく大粒の涙を流した。
リァンには母の涙も隊長の涙も初めて見たような気がした。
扉を開けて隙間から覗いていたリァンを見つけると、隊長は顔をほころばせた。
”小さなお嬢様。ご無事で何よりです。本日は突然の訪問申し訳ございません。お邪魔してもよろしいでしょうか?”
久しぶりに聞く声色のリァンはなんだかホッとしたのを覚えている。
母親の目も以前のような輝きに少しだけ近づいていた。
”もちろんです。十分なおもてなしもできませんが、ごゆっくりおくつろぎください”
彼らの言葉で返すと、リァンを抱き上げ、隊長は母の肩を抱き、家の中に入った。
そのひ、母親と隊長は長い時間話をしていた。
どういう話をしていたのかわからない。
わからないが、次の日、隊長は弟を連れて行った。
代わりに大量の金貨の入った財布を置いていった。
「お嬢様。小さなお嬢様。これであなたたちは色を売らなくていいのです。坊ちゃまは我々の隊商があずかりましょう。可能であればしかるべき場所に落ち着けられればと」
どういうことかわからなかったが、その日から夜を母親とともに過ごすことができるようになった。
以前と全く同じではないけれど、母親は穏やかに笑うようになった。
少しだけ自嘲を浮かべながら。
そして、ほとんどの夜、なじみの隊商の男たちがかわるがわるやってきた。
何をするわけでもない。
リァンと母親に昔ご機嫌伺いをしていたように、ただ話をするだけなのだ。
隊長はほかの隊商にも声をかけたらしかった。様々な言葉を使う男がやってきたが、母親を抱くわけでもない、リァンにちょっかいをかけるわけでもなかった。
なかには”話すのは苦手だ”と言って、本を読んでいるものや、趣味なのか絵をかいたり詩を書くものもいた。
さらには、リァンが言葉を覚えるのが面白いのか、本を土産に持ってきて寝付くまで本を読みおしゃべりしたり、夜通し難しい計算をしながら過ごすものも。
次回更新は7月30日です!