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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
59/167

57 終幕 3 敵討ち

完結済作品。週2回更新中!

ヤンと夜もともに過ごすようになって数日後、リァンとファナはザイードに声をかけられた。

ヤンはザイードに対して不満そうな顔を見せたが、目でやりとりをしてヤンが引き下がった。

ザイードに連れた行かれた先には仇の男がいた。縛られてぼこぼこに殴られた跡がある。

干からびたように見えるのは、もしかしたら、しばらく砂漠に放置されたのかもしれない。

かっと体が熱くなるのを感じたが、不思議と殺意はわかなかった。

ヤンが生きていたからかもしれない。

「嬢ちゃん、嬢ちゃんの望みはなんだ?」

「お父様とお母さまと・・・あの子の・・・流れてしまったヤンとの子の敵を討ちたい・・・」

この男を見ると殺意はわかないものの、子が流れたことを思い出したら仇を打ちたいとは思った。

「そうか、砂漠流に尋問してたら、色々吐いたぞ。まず、噂を流していたのはこの男の指示と薬だ。赤門の娼館で客を装った旅の商人たちがこれみよがしに女たちに話し、女たちの話が広まると。薬をちょっと混ぜることで口は軽くなるわ、理性はなくなるわで、男も女も噂を流していた意識もないそうだ。嬢ちゃん家族の話はこの男の逆恨みが原因だ。親父さんも毒殺、お袋さんにも薬を盛ってた、自分の快楽のために。で、兄ちゃんは、赤門の娼館の女の一人が薬を入れた酒を飲ませたんだそうだ。毒殺前に兄ちゃんにその女で慰めをくれてやろうとしたが、兄ちゃんは女をおいて夢うつつな様子で逃げていったんだそうだ」

リァンの中で怒りがふつふつと沸き上がる。

ヤンもこの男のせいで死にかけた思うと怒りが沸いた。

とてつもない怒りだ。

手を血が出るのではと思うくらい握りしめている。

ザイードは話を続ける。

「で、こいつの詰めが甘いのは兄ちゃんがちゃんと死んだかどうかを確認しなかったことだ」

仇の男がその言葉を聞いてびくっと肩を揺らした。

口をぱくぱくと開け、なにがしかを言おうとしたが、言葉にはならなかった。

「最後に、この男は俺の恩人の仇でもあるんだ。この男が盗賊雇って毒を渡したって吐きやがったわ。理由は恩人がこの男に西方の幻覚剤を売らなかったから、だそうだ。そんなもん、あの人はそんなもの頭下げられても金をつかまされても取り扱わねぇよ」

「隊長さんってこと?」

「そうだ」

「そう、この男は私の弟の仇でもあるってことね」

「そうだな」

ザイードとリァンは互いにもの言いたげに見つめあう。

まさかの仇がかぶってしまった。

この場合は、ともに仇を討ち果たすのか、それとも両者で取り合うのだろうか。

父と母と弟と家族同然のようだった隊長とリァンが直接手を下したいとも思う。

なによりもヤンとの子が流れる原因を作ったこの男が許せない。

この男を自らの手で殺して、あの子が戻ってくるなら・・・とリァンは考えた。

沈黙の時間がしばし流れる。

「というわけで、この男は俺たち共通の仇だってことだ。そこで、嬢ちゃんに提案がある。こいつを殺す権利を俺たちに譲ってくれ」

思わぬ提案にリァンは目を見ひらいた。

「砂漠には受けた苦をきっちり返す部族がある。うちの隊で恩人に世話になった奴がいてな、その部族の出身なんだ。そいつがまあブチ切れちゃってよ、自分の手で報復しないと収まらねぇって騒ぐのよ。で、下手に嬢ちゃんが手を下すとそいつの怒りが嬢ちゃんにむく可能性があるからさ、頼むよ」

ザイードは軽い調子で言うが、要はリァンにはこの男を殺させたくないのだろう。

報復したい男がザイードの隊にいるか、本当のところはわからないけど、ザイードの気遣いだとわかった。

ザイードの気遣いがありがたかった。

この人なら確実に、自分の願いを叶えてくれるだろう。

「譲るわ」

リァンは少しの傲慢さを言葉に込めて言う。そのほうが、この人たちとしても都合がよいのだろうと思った。

その姿にザイードは静かに目を伏せリァンの前でひざまづいた。

左膝をたて、左手は左膝に、右手は拳を作り地面に当てる。自然と首をリァンに差し出す形になる。

「我が月の女神、ご厚情に心より感謝申し上げる」

ザイードの後ろにいたザイードの隊商の男たちもリァンに対して同じように跪き、リァンはギョッとした。

宿屋で働いていたころ、さんざんリァンをからかったり、姐さんの値段を交渉させた面々である。

いまはからかいも嘲笑も侮蔑もない

リァンから少し距離をとったところで見ていたファナが驚いたように口に手を当てるのが目に入った。

こちらも後ほど聞くに砂漠の部族に共通する最敬礼で、敬礼を贈った相手に完全な服従と忠誠を意味するのだそうだ。

ザイードと隊員が男を引っ立てようとしたときにリァンは何か言いたげに口を開いた。

それに気づいたザイードが隊員の動きを止め、リァンに視線を送った。

リァンがゆっくり男に近づくと隊員はリァンに対し跪き、ザイードは恭しくその手を取った。

「聞きたいことがあるの」

男の前に立ち、リァンは男を見下ろして言った。

「お父様のことを憎いと言っていたのを聞いた。お父様が何をしたの?」

男の目に一瞬光が戻った。

ギラギラと憎しみのこもった目でリァンを見上げ、最後の力を振り絞ってリァンにとびかかろうとした。

隊員たちが男を押さえ、ザイードがリァンをかばうためにリァンを引き寄せ、背に隠した。

「憎い憎い憎い・・・お前も道連れにしてやる。殺してやる」

そして、リァンの父の名をリァンに向かって叫んだ。

そのあと何やら叫んだが、その内容は聞き取れず、ただ男が自分の父親を恨んでいることだけがわかった。

父親と自分の区別もできないほど恨んでいると。

父親への恨みで父を殺すだけでは飽き足らず、母を辱め、弟も隊長も殺し、ヤンを殺そうとし、自分は辱められ、宿った子の命を奪われた。

とうの昔にこの世を去った者を恨み続ける男がみじめに見えた。

あまりのみじめさに、この男に対する憎しみも憐れみも感情が何一つリァンの中に湧いてこなかった。

「もういいか?」

問われてリァンは頷いた。

「親父さんとこの男の確執は嬢ちゃんにも兄ちゃんにも関係ないことだ。その切り離しができねぇこいつが小物だから、嬢ちゃんが気に病むことはねぇ」

「はい・・・」

リァンが短く答えると、ザイードは隊員に視線を送った。

彼らは仇の男を引っ立てて、砂漠に向かった。

誰一人リァンを振り返ることはなく、ザイードすらもその目に鋭さと冷酷さを湛えていた。

その後男の亡骸が頭と胴が離れた状態で砂漠に見つかったと聞こえてくるまでにそう時間はかからなかった。


砂漠に日が落ち、あたりは夕焼けに染まった。

東側の空はすっかり夜の空で、月も浮かんでいる。

「リァンさん、帰りましょ?」

リァンの肩に手を添えてファナは言った。

「ファナさん・・・」

「ん?」

「ヤンが生きててよかった・・・」

「そうね。わたしたちもそう思ってるわ」

砂漠を渡ってきた風がリァンを包んだ。

「でも、お父様もお母さまも弟も隊長さんも・・・あの子もいない・・・いなくなっちゃった」

リァンは急に寂しくなった。大粒の涙がボロボロとこぼれた。

「みんな、いなくなっちゃった…」

ファナはぎゅうっとリァンを抱きしめた。

「あなたもヤンも生きている。私たちがいるわ」

ファナに抱きしめられてリァンはうなずいた。うなずいたけど、どうにも割り切れるものではないようだった。

「ねえ、リァンさん。ザイードさんにあてた手紙、あれはお父様仕込みなの?」

しばらく泣いた後の問いに、リァンは目を瞬かせた。

「子どものころ西から来た隊長さんが教えてくれて、お父様や隊長さんとの手紙のやりとりで使って・・・」

「そうだったのね」

「ファナさん・・・?」

ファナはふふふと意味ありげに笑った。

「君があの手紙を残してくれたから、ザイードさんやほかの隊商の協力も得られて我々は今ここにいるということだ」

そう言ったのはファナの夫のカドだ。

後ろにはトランと少し心配そうなヤンがいた。

「感謝する、リァン」

「そんな・・・」

軽く頭を下げた義兄にリァンは驚いた。

「あの男がなんと言おうと君の父上は今でも私の尊敬する先達だ。君の母上もだ」

「お義兄さん・・・」

「君たちの婚礼式の時にでも私たちが知っていることを教えよう」

助かって、なんとか今を生きていてこの先どうなるかまだわからないのに、婚礼式の話などはるか先だと思っていた。

ヤンが自分を放すつもりがないのはわかっているが、自分のせいで関係が壊れるとリァンは思っていた。

ヤンのためと言いながら自分がこれ以上傷つかない方法は一つしか思い浮かばなかった。

「ゆっくり行きなさい」

「はい・・・」

リァンの気持ちを見透かしたように義兄は言った。

トランは不安そうなヤンの背をポンポンと叩き、リァンの元に行くように促した。

ヤンはリァンに近寄って、リァンを抱きしめた。

「ヤン」

「リァンが生きていて良かった・・・」

ヤンは壊れ物を守るかのように優しくリァンの額に頬に唇に口づけた。

リァンの耳でガラスの耳飾り、首には螺鈿の耳飾り、胸元の色ガラスのブローチが最後の夕日を浴びて光った。


次回更新は1/28 です!

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