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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
56/167

54 sideヤン 9

完結済作品。週2回更新中!

ザイードが町とこの場所の往復をはじめ、救護用の荷物の準備が始まった。

ファナの産月も重なり、準備が少し遅れたが、ほぼ予定通りで進んだ。

子どもたちを母親に任せ、暴動の後の救援用に揃って町に戻った。

ファナは身を引き裂かれるような思いでつい最近産んだばかりの娘を母親に託した。

「こっちは心配せずにいってらっしゃい。戻ってきたリァンさんのそばにいなさい。屋敷に送り込んだ2人に対する責任もあるでしょ、あなたには」

母親は気丈にも涙も見せずに4人の子どもを預かって娘を送り出した。

「ええ。母さんお願いします。あなたたちもこの子を守ってあげてね」

そう言って離れ難いと3人の子を抱きしめた。

「母さま、大丈夫。僕がみんなを守るから」

「ありがとう。頼んだわよ」

本当は「ごめんね」と言って思う存分泣かせたいのに、あまりにも立派なことを言う長男に不敵な笑みを作って見せてしまった。

頼られた長男はファナによく似た不敵な笑みを作ったのだから、子どもたちに涙をみせてはいけないと思った。

再び町に戻るのに、幾つかの隊商にも協力を願い、荷と人員を運んだ。

ヤンが見回すと町に戻るメンツの中にユエがいた。

「どうして?」

「やるべきことがあります」

短く答えたユエの目にヤンは映っていなかった。


 町についてザイードとも合流した。

翌々日には、ザイードがレンカとリーフェを連れて屋敷から出てきて、ファナは涙ながらに2人を抱きしめた。

「レンカさん。リーフェ。リァンさんを守ってくれてありがとう」

「ファナ姉さん!あんたがいつ乗り込んでくるかってヒヤヒヤしてたんだから」

「まあ!レンカさんたら!乗り込みたかったのを必死に耐えたのよ。ちょっとは褒めてくれていいでしょう」

レンカはファナをギュッと抱きしめた。

「あの子も頑張ったが、あんたもよく耐えたね。よくやった。えらいよ」

まるで小さな子をあやすような褒めるような優しい声音にファナは目を瞬いた。

このまま泣きそうで、でもぎゅっと歯を食いしばった。

「リァン姉ちゃんは大丈夫?明日助かる?」

代わりにリァン1人を屋敷に残してきたリーフェが大泣きした。

大人たちが揃ってリーフェを宥めた。

「大丈夫。ちゃんと会えるわ」

そう言ったユエがザイードとなにがしかを打ち合わせていた。

ザイードの情報によると武器を配り歩いたものがおり、予定より早く火を噴きそうだと。

武器を民衆に配るが、暴動はギリギリまで抑えると。

盗賊に奪われたはずの武器がこの町の暴動に使われたとなれば、武器を管理していた男はただではすむまい、この暴動の首謀者を自分たちになすりつけ、扇動しようとした央都の連中は根こそぎさらってやるとカドは町の重鎮や工房の長たちと示し合わせた。


その夜、ユエは火の番をしていたヤンの元に現れた。

「ヤン」

「ユエ」

月の暗い夜だった。隠密行動には最適だとヤンは思った。

「お別れを言いにきた。明日の朝にはもうここにはいないから」

「そうか。元気で、でいいか?」

「うん、ありがとう。明日には彼女に会えるよ、絶対に」

リァンが生きているのは分かってはいるが、明日本当に会えるかはまだわからない。

だが、ユエに言われると心強かった。

「ありがとう」

「この姿で会うことはもうないよ」

ヤンが目をぱちくりさせるとユエはニコリと笑った。

「彼女の声や仕草はだいぶ真似したし、外見を似せる化粧もね」

そう言ってユエは片目を瞑って見せた。

「そう…だったのか…」

理由は聞かなかったが、リァンに似せたユエが自分のそばに着いたのは自分を暴走させないためだろうと思った。

「ヤン、幸せにね」

ヤンは深く頷き、同じ言葉を返そうと思ったがユエの指が唇に当てられた。

ユエがヤンに願う幸せとユエ自身の幸せは大きく異なり、ヤンには理解できないのだろう。

ただともに過ごした日々は彼女の幸せを願うには十分な長さだった。

ユエには何を言おうとヤンが考えあぐねていると、ユエはぐっとヤンを引き寄せ、唇を重ねてきた。

夫婦役をして以来、体が触れることもなかったのに、思いがけないことに目を白黒とさせた。

ヤンの腕が迷ったように彷徨い、ユエの腰に触れそうになったとき、ユエはヤンから唇を離した。

「さようなら」

ユエは別れの挨拶をし、夜に紛れていった。

翌朝早朝、ユエは誰に姿を見せることなく屋敷に紛れ込んだ。


ユエは暴動が起こる前に地方官を捉えたライと仇の男の前に目をぎらつかせたリァンを見た。

視線だけで互いの意思を理解し合い、2人の間にはなんとも言えない雰囲気が漂い、信頼し合い、あるいは愛し合うような雰囲気にもの凄く妬けた。

一瞬の隙をつかれて、薬品をかけられたリァンを助け起こし、質素な布を被せた。

仇の男を追いかけようと喚き騒ぐリァンを1人で裏口まで連れて行き、扉を開けてザイードに引き渡した。

ザイードと一瞬視線が合うが、裏口を閉め、手早くリァンの衣装のうち一番派手なものを身につけて、雪崩れ込んできた民衆の前に姿を見せた。

そして、地方官の首をぶら下げたライと民衆の間に挟まれた。

「ほほほ、無様なこと。お前は旦那様の首をとったの?これからはお前を旦那様と呼ぼうかしら?」

そう言ってライに擦り寄った。一瞬の視線を交わし、ライはギラリとする短剣をユエに向けた。

「野蛮ね。この民衆どもと同じだわ。お前たちなど虫ケラ同然だと知れ」

ユエは高笑いをした。ライは短剣を大きく振りかぶり、ユエを切り捨てた。

ユエがそのまま、倒れると民衆は沸いた。

「地方官も小鳥も成敗した。これにて暴動は終わりだ」

ライが宣言したが、収まらないのか屋敷の中の略奪が始まった。

そんな民衆に目もくれず、ライはユエを抱え起こした。

「ユエ!」

「ライ様。見事に討ち果たしましたね」

「ああ、衣装を解け。逃げるぞ。央都に帰りやることがある」

「どこまでもお供します」

ユエは切り裂かれた部分から器用に服を脱ぎ捨て、ライと共に屋敷から脱出した。


ヤンは意識を取り戻したリァンと再会を果たすのに躊躇した。

ザイードが抱き抱えて連れてきた泣きつかれて眠っているリァンの姿を見た。

その身に自分が贈った耳飾り、首飾り、ブローチがあるのを見た時、リァンは今でも自分を愛し守ってくれていたのだと知った。

「リァン・・・」

「どんなに散財しようと、贅沢しようと嬢ちゃんがこの3つ以外の宝飾品をつけているのは見たことねぇ」

ザイードはそう言った。

駆け寄ってきたレンカやリーフェもザイードに同意するように深く頷いた。

今まで一人きりにして、自分を死んだと思わせておいたリァンに合わせる顔がないと思った。

「大丈夫だから」とザイード、義兄、トランに励まされて天幕の前まで行ったものの、オドオドしているとファナにも怒られた。

意を決して天幕の中に入り、リァンを見た時、名をよんだ時、今まで我慢していた思いが溢れ出した。

もう2度とこの腕から彼女を離さないと決めた。

どんなに彼女が泣き喚き、苦しいと悲しいと辛いと叫び、腕から逃れようと必死にもがいてもだ。

全部自分が受け入れると決めた。

自分はどんなに彼女に傷つけられてもいい、すべてを覚悟してヤンはリァンを腕に抱いた。


次回更新は2024/1/18です!

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