50 side:ヤン5
完結済作品。週2回更新中!
心も体も疲弊した頃、ヤンに来客があった。
姉や兄との接触は禁じられている以上、ライの遣いかと思いきやザイードであった。
「兄ちゃん!!」
ザイードさんと呼びかける前にもみくちゃにされた。
顔も体もベタベタと触られ、「痛いところはないか」「苦しくはないか」と返事をするまもなく矢継ぎ早に問われた。
その様子を見てゼノは大きくため息を漏らした。
「せっかく少しは見られるようになったのに、甘やかされては困る」
そう言った。
「ああ。悪かった。どうにもこの兄ちゃんが危なっかしいせいで、世話を焼きたくなるんだ」
「それは同意だ。それでは困るので自重してもらおう」
ゼノがいうとザイードは承知した。
ザイードは囚われたリァンに会ってきたと言った。
久々のリァンの情報にヤンの目が潤んだ。
「あまり良い状況じゃない。兄ちゃんとの子も流しちまって、兄ちゃんが死んだと思ってるからな」
「俺の子?」
「やっぱり気づいてなかったか。嬢ちゃんとファナ姉さんぐらいしか気づいてなかったみたいだし、前回俺が発つ頃にはできていただろうってさ」
「流れたっていつ?」
「さあなぁ…屋敷の誰にも気づかれてないみたいだから、屋敷に入った頃のことだろう」
自分が死にかけた頃と同じ頃だと思った。
「あぁ…リァン…」
ヤンの目に涙が浮かんだ。
それからザイードがもたらす情報も決して良いものではなく、姉が中心になってリァンを悪女に仕立てると聞いた時は姉に抗議したいくらいだった。
「兄貴も義兄さんもザイードさんも!俺の女を何だと思ってるんだ!!」
ゼノもいたし、なるべく感情を入れずに話をしていたザイードだが、ヤンの叫びを聞いてブチ切れた。
ブチ切れて、自分の斜め横の長椅子に座っていたヤンの胸ぐらを掴み、長椅子の背に押しつけた。
「兄ちゃん。俺の女って言いたいのは自由だが、嬢ちゃんを守り切ってこそ使える言葉だってわかってるんだろうな」
「あ…」
ザイードが本気でキレているとわかり、ヤンは言葉を失った。
「今のお前に嬢ちゃんを俺の女なんて呼ぶ資格はねえ。好きな女が不幸に泣きたくても泣けない姿をなんで俺はまた見なきゃいけねぇんだよ。俺は嬢ちゃんのあんな姿見たくなかったよ。兄ちゃんの腕に抱かれて幸せそうに笑う嬢ちゃん以外は見たくねえのに、何してくれてんだ!兄ちゃんがいい奴だし、嬢ちゃんが好いた男だから、任したんだよ、俺は!」
ザイードも八つ当たりだとわかっているのに止まらなかった。
直接ザイードはリァンと対面したからこそ、辛さがひとしおで、ザイードの怒りをこのまま甘んじて受けようとヤンは思った。
「俺はこのまま東に行き、嬢ちゃんに張り付いている護衛の男が何者か、地方官の本来の仕事、町の利権に関わることらしいから調べてくる」
「それは護衛の男…ライ殿の情報か。手に入れたら私に速馬を出してくれないか?」
ゼノの要求にザイードは頷いた。
「もちろんだ。義兄さんに聞いてるよ、これがとんでもない規模の戦さだってな。しかも情報戦だ。俺がいくらでも手伝うよ。嬢ちゃんのためだ」
「ずいぶんと惚れ込んでいるものだ」
ゼノはザイードの入れ込み用を不思議そうに思い、目を細めた。
「ああ、今回のことで俺はますます嬢ちゃんに惚れ込んだ」
そう言って、懐から革の小物入れを出し、リァンが残した手紙をゼノとヤンに見せた。
「こんな熱烈な恋文をもらったら、そりゃ嬢ちゃんの元に馳せ参じるだろ」
「確かに。あの状況でこれだけ機転が効く娘は私も欲しいくらいだよ」
「へえ、読めるのか」
「ああ」
ゼノとザイードが互いに納得しあっているのを見てヤンは面白くなかった。
そんなヤンの姿を見てザイードは大きくため息をついた。
「姉さんや兄さんだけじゃねぇ、嬢ちゃんも兄ちゃんを甘やかしすぎだ」
最後の一文はザイードの国の言葉で、左右を逆に書いたものだと説明した。
「嬢ちゃんは囚われようが辱められようが、内側から食うつもりいるってことだ。『必ず会いにきて』ってファナ姉さんが俺を使いにするくらいは考えただろうが、嬢ちゃんの噂に負けちまう可能性がある。だから、俺に当てた内容を残した。俺なら嬢ちゃんの望みを叶えるために何でもするとわかっているからだ」
ヤンは項垂れた。
自分は頼ってもらえなかったこと悔しかった。
そのヤンの気持ちがわかって、ザイードはポンポンとヤンの肩を軽く叩いた。
「俺は命を賭けても自分の身を差し出しても守りたいって嬢ちゃんに愛されている兄ちゃんが羨ましいよ」
「ザイードさん」
「さて、俺は隊と合流して東に向かう。兄ちゃんはここで来る日に向けた準備をしろ」
「はい」
「必死になって耐えている嬢ちゃんを邪魔するような真似だけは絶対にするなよ」
その日からヤンは一層訓練にもゼノの教育にも打ち込んだ。
時々耳にするリァンの噂は姉の流した噂だろうが、とんでもないことになっていると思った。
とんでもないせいで、噂が噂を呼び、人々の興味を惹きつけない日はなかった。
そして、人々が町から逃げ出し、町はどんどん荒廃していった。
そんな有様を知っていながら贅沢三昧なリァンの噂だけが彼女が生きていると知らせてくれた。
次回更新は2024/1/4です!
本年中は本作品をお読みいただきありがとうございました!
来年もよろしくお願いいたします。




