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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
51/167

49 side:ヤン4

完結済作品。週2回更新中!

看護人はヤンと歳の変わらない女性であり、ヤンを一瞥したあと部屋の隅の椅子に無言で座った。

「あの…」

「あなたの命に関わることがない限り私があなたと口を聞くことはありません」

ヤンをチラリとも見ずに言った。

ゼノがつけてくれた看護人は何人かいたが、いずれもヤンと年が変わらぬ若い女性ばかりだった。

朝と夕方過ぎに2回、ヤンの容体を確認するために彼女たちはヤンの体に触れるのだが、それが居た堪れなかった。

寝台から降りられるようになってから、ゼノに苦言を申し立てたが、ニヤリとされた。

「お前も正常な男なら女に看護された方が嬉しかろう。お前の男の性が耐えきれぬと私に自らの手の内を明かすような愚かなことをせぬことだ。明日からお前に侍らせる女を増やしてやろうか」

言葉を失って真っ赤な顔をして首を左右に振るヤンを見て、ゼノはため息を一つ。

「このようにな、お前の馬鹿正直さは弱みの一つだ。平時では良いことだが、戦時にはすぐ命を落とすことになる。せめて、彼女たちの1人くらいモノにした後で、私に耐えきれぬと言うならまだしも、触れもせぬ前から騒ぐでない。自ら弱点だと言って歩いているようなモノだ」

「ゼノさん…」

「気安い呼び方も気に入らぬが、彼女たちと関係を持てと言っているわけではない。自らの弱みを曝け出すようなことをする前に、弱みを逆手に取るような仕込みをしろと言うことだ」

「えっと、なんとお呼びすれば…」

「義兄上とでも呼べ。お前を外に紹介する際は妻の遠縁と紹介する。お前は死んだことになったのだから、構わぬだろう」

「はい、義兄上」

真っ直ぐにヤンに見据えられ、ゼノは苦笑した。

真っ直ぐさ、馬鹿正直さ、優しさに漬け込まれぬように、武器にするのはなかなかの困難さだ。

「もし、体が動くようなら明日からでもライ殿の手のものと手合わせを行うが良い」

ゼノが手を叩くと1人の女性が入ってきた。

身長や体つき、目を伏せた時の雰囲気がリァンに似ている気がした。

思わずゴクリと喉を鳴らした。

「言われた側からこれとは先が思いやられる…」

ゼノの大きめなため息にヤンは我に返った。

「まさか!?」

「そのまさかだ。あえてお前の好いた女に似た雰囲気の娘を選んでもらった」

「何のために?」

「自分の頭でよく考えろ。答えを何でも教えてもらおうとするな」

「は…はい!」

「明日からこの娘がお前の寝所にも侍ることになる。ユエ、あとは任せたぞ」

「かしこまりました、ゼノ様」

困ったことに声もよく似ていた。

「こちらへ」

ユエに促されるままに、ついていった。

自身の寝室の扉が開けられ、中に入ってひとここちをついた。

ゼノと対峙するのは生きた心地がしなかった。

義兄のカドが言った厳しい人というのは何となくわかったが、懐の深さはまだまだわからなかった。

ヤンにあてがわれたのは1人用の寝台と文机とそれに合わせた椅子があるだけの部屋だ。

寝台の端に腰をかけ、はあ、と息を吐き出した。

扉が閉まり、ガチャリと内鍵が閉まった音が聞こえ、ヤンは顔を上げた。

ユエが外から開ける鍵をヤンに見せつけるように振り、床に落とした。

ヤンに微笑む様はリァンに似ているとぼんやり考えていると、ユエが衣服を解きながらヤンに近づいてきた。

ヤンが我に返った時には下着姿で、胸元と片方の腰元の紐を解いたと思った瞬間にはヤンを寝台に押し倒した。

「な!!」

「寝室に侍ると言ったでしょう」

「明日からだって」

「半日くらい早くったって構わないでしょう」

そう言ってユエはヤンの唇を怪しく吸い上げた。

久々の感覚にヤンの脳みそが痺れた。

さらりとヤンに溢れる髪の毛の感触も、押し返そうとした時に触れた肩の大きさや腰の柔らかさも驚くほどリァンに似ていた。

「ヤン」

耳に響く声も熱も似ていて腰を抱き寄せ、唇を重ね、自身がユエの上に乗るようにしてユエの背を寝台につけた。

ヤンはユエの腕も脚も硬く固定したまま、できるだけユエから体を離し、ユエを見下ろした。

「ヤン?」

リァンによく似た声音と仕草に一瞬リァンと見間違いそうになった。

「どう言うつもりだ?」

「え?」

「俺を誘惑してどう言うつもりだ?俺は寝所での手合わせなんていらない。彼女を守れるだけ強くなりたい。それだけだ」

ユエは乞うような目つきと熱い吐息で畳み掛けた。

「ヤン、慰められていいのよ」

「慰めなんていらない。俺に戦う力を与える気がないなら出ていけ」

ヤンはそう言ってユエの上から体をどかしユエを解放した。

寝台の端に腰をかけ、ユエに背を向け項垂れた。

リァンを助けに行けない自分の無力さも似た女をあてがわれれば飼いならせると思われている自分も情けなかった。

唇を吸われて一瞬でもその気になった自分を浅ましくも感じた。

背後でユエが寝台から起き上がったのはわかった。

次の瞬間に首に薄い尖ったガラスのようなものを当てられた。

「これでお前はまた死んだわ」

ユエの冷たい声にヤンは背が震えた。

荒い息で喉が鳴った。

「ゼノ様!」

ユエが呼びかけると扉がガチャリと音を立てて鍵が外れ、ゼノが入ってきた。

「義兄上」

ゼノは喉を鳴らすヤンを見やり、ユエに問うた。

「判定は?」

「ずいぶんな甘ったれですね。誘惑してもなびかないくらいの意思はありますからギリギリですが及第点を差し上げます」

そう言って、ユエはヤンの首に当てた薄いものをしまった。

ユエは立ち上がって腰元で紐を結び直したあと、胸当てを拾って胸を隠した。

その下着姿でヤンの顎に指を当てクイっと自身に向けさせた。

「明日から戦い方を教えるわ。お前の弱点を見せずに女の誘惑のかわす方法もね」

そう言って手早く衣服を身につけあっという間に身なりを整えた。

「君、ライ殿の元が飽きたら私の元においで。給金倍で雇うよ」

「お誘いいただき光栄です。ライ様には家族ぐるみで忠誠を誓っておりますので、申し出は丁重に辞退いたします」

「ツレなく振られるとますます口説きたくなるなぁ」

ゼノのからかいを含む言葉を意に介せずとばかりにユエは澄まし顔を作った。

「ヤン、彼女はライ殿の手の中で最も優秀な女性なのだそうだ。ちなみに素手でも剣でも彼女より強い男も稀だと言う。彼女を無理矢理に組み敷ける頃には君は文句なしに強い男になっているよ。精進しなさい」

「はい、義兄上」


次の日から、ユエによる特訓が始まった。

素手での闘い方はもちろん、小物の武器の使い方も教わった。

ヤンは自分の若さも職人としての重労働もあったからそれなりに体力にも筋肉にも自信があったが、ユエに言わせれば子どものようだそうだ。

体に負荷をかけすぎないようにと半日くらいの特訓であり、ゼノについて商売の取引先も回ったりとすれば、日が落ちる頃にはぐったりとし、寝台に入った瞬間に夢の世界に落ちた。

いつからか夢の世界でも安心していられなくなった。

と言うのは、訓練の一環でユエが寝ている時に襲ってくるからだ。

時には酒に薬を仕込まれ朦朧とし、朝起きたら全裸の自身の隣で全裸のユエが隣で寝ていたこともあった。

ユエ曰く何もなかったらしいが、ニヤリと笑われて、自分の記憶がない以上自分を信用できなかった。



次回更新は12/31です!

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