4.砂漠の最初で最後の町の娘4
リァンはウェイとツェンを家の裏口から招き入れた。
時間が時間のため、娼婦街にはやってくる客と招き入れる女たちがごった返しているからだ。
娼婦街に住んではいるけれど、リァンのように色を売らない女たちは娼婦街が動き出す夜の時間は裏口から出入りするようにしている。
娼婦とそうでないものを分ける客にとっても暗黙のルールだ。
リァンは家に入ると灯りをともす。
いくらかの食糧と水がめのおいてある小さな台所とテーブルに椅子が2客。
椅子がわりになるいくつかの物入れ。
キッチンの奥には水回りが別にあり、一人用の寝台と若干大き目な寝台が一つそれぞれカーテンで区切られた部屋から見えていた。
2つの寝台を見たとき、ウェイは何かが背中を駆け上がるのを感じた。
「あ・・・あの・・・ご家族が?」
しどろもどろに言うと、リァンは首を振った。
「いいえ。私一人だけよ。数年前まで母が一緒に住んでいたの、もう亡くなったけど」
「あ・・・そうなんだね・・・なんていうか・・・お悔やみ申し上げます・・・」
リァンはしょぼんとしたウェイを見て目をぱちくりとさせた。
何年も前に母親と住んでいたこと、亡くなったことはこの娼婦街の女たちも仕事場の女将や姐さんたちも知っている。
なくなった当時はいろいろと声をかけてくれたけど、今やそんなことを言う人は誰もいない。
この町による旅人と同じで、去っていった人の話はそこまで人の口には上らないのだ。
「うん、ありがとう。水回りはそっちにあるし、大き目な寝台が母が使っていたものだからよかったら使って。私はご飯をつくるから」
そういうとリァンはキッチンに向かった。
器用に火をおこし、湯を沸かし茶を作る。小麦を焼いた皮を何枚か、買ってきた野菜と焼いた肉、チーズを並べたころ、裏口が小さく鳴らされた。
リァンは裏口を開けると、そこには近所の子どもが二人いた。
「リァン姉ちゃん・・・・」
今にも泣きそうな声を出す。
その声ですべてを察し、子どもたちを家の中に招き入れる。
女の子が小さな男の子の手を引いて、家の中にはいり、リァンにしがみつこうとしたとき、いつもと違う気配を感じ、ウェイを見つけて、女の子はリァンから距離をとった。
少しおびえた目でリァンを見る。
「リァン姉ちゃんもなの?」
「あの人は違う。友達・・・でもないわね、なんていうか・・・」
「僕はリァンに助けてもらったんだ。で、今夜は泊めてもらうんだ」
リァンがなんて説明したものかと首をかしげると横からウェイが口をはさんだ。
女の子はまだウェイを警戒しているみたいだが、男の子は「僕たちも・・・」と小さな声で言った。
女の子は男の子を背中で隠そうとしながら、代わりに口を開いた。
「私たちはいつもリァン姉ちゃんに助けてもらってるの。あなたもそうなの?」
「そうだよ。だから、僕はリァンが嫌がることはしないよ」
「本当に本当?リァン姉ちゃんの嫌がることしないでね!」
「しないよ!約束する!約束するよ!!・・・ああ、ツェン!」
子どもたちに念押しで詰め寄られ、ウェイは音を上げてツェンを呼んだ。
ツェンは子供にすらかなわない様子のウェイに一瞥くれると大きく息を吐いた。
トコトコとウェイの足元までより、子どもたちの前に座り、ぱたぱたとしっぽを振った。
子どもたちは愛想のよい表情を見せる犬に目を丸くし、歓声を上げる。
「あんたたち、夕飯は?」
子どもたちはリァンに問われてふるふると首を横に振る。
「お母さんはお客が来ちゃったからって・・・」
短い答えにリァンは食卓に子どもたちを招く。
「一緒に食べましょう。ウェイもお茶、一緒にどうぞ」
子どもたちと一緒に食卓を囲み、リァンはふと在りし日を思い出したが、わずかな記憶だけですぐに消えていった。
ご飯を食べておなかがいっぱいになったのか子どもたちはすぐあくびをし始め、リァンの母親が使っていたという寝台に潜り込んでしまった。
いつもリァンにご飯を食べさせてもらって、寝台に潜り込んで母親の仕事が終わるのを待つのだろう。
女の子はぎゅっと男の子の体を抱きしめている。
「寝台をとられてしまったわね」
「いいよ、だって野宿するつもりだったから、部屋の隅にでも寝せてもらえればそれでいいんだ、ほんとうに」
ウェイは自嘲気味に答える。
こんな若者が旅をしてきたなんてリァンには不思議に思えた。
「あのさ、あの子たちのお母さんって・・・」
「そうよ、ここは娼婦街だからね」
「そうなんだね・・・ていうことは、リァンのお母さんも?」
ウェイが聞きにくそうに尋ねると、リァンはうなずいた。
「そう、私の母親は娼婦だった。だけど、本当はちゃんとした商家の妻で・・・騙されて家が落ちぶれなければ・・・!!」
そこまで言ってリァンは口を閉じた。
この生活に身をやつしてからは、母親ともども言ったことのないことばだった。
娼婦街の住民はリァンの母親の素性をわかったうえで二人を受け入れた。
受け入れてもらえてからこそ、二人は娼婦街で生きてこられたのだ。
だから、リァンは自分の口からでた言葉がともすれば自分たちの恩人を侮辱すると知って唖然とした。
言葉は途中で止められたが、彼女の中に渦巻いた感情は彼女の体を熱くした。
「リァン、ごめん」
リァンは首を振る。
「いいの・・・よくないけど、いいの」
リァンは食器を片付けた。
ウェイとリァンがそれぞれ湯を使い、寝支度が整ったころ、裏口が鳴った。
リァンがそろっと扉を開けると、一人のリァンより10は年上の女が立っていた。
「こどもたち、ぐっすり寝ていますよ」
「いっつも悪いね。今日はこのまま預かってくれるかい?」
女はそう言ってリァンの手に銀貨を2枚握らせた。
「今夜は盛況でね、朝までの客ができちまったのさ・・・って、リァン、あんた・・・」
女の視線はリァンの後ろにいたウェイをとらえた。
リァンは慌てて否定する。
「あの人は客じゃありません。私は色を売りません。それが母さんと皆さんとの約束ですから」
「わかってりゃいいんだよ・・・」
女はリァンの肩を軽くたたく。優しい目を向けたあと、女はウェイをみやった。
「あんた、リァンに手を出したらわかってるだろうね!明日この娼婦街から無事に出られると思うんじゃないよ」
女の剣幕に押されてウェイはこくこくとすさまじい速さでうなずいた。
裏口を閉めて女は自分の家に戻った。
「もう、寝ましょう。私の寝台をつかって。私は子どもたちと一緒に母さんの寝台を使うから」
リァンに促されてウェイもうなずく。
ウェイが黙って寝台に潜り込んだのを見て、寝息を立てる子どもたちを抱きかかえるように母親の寝台に潜り込んだ。
誰かの熱を体に感じながら寝るのは久しぶりだと思った。
最後はいつだっただろうかと考えながら、リァンは夢の世界に入った。