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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章

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45 望みがかなうとき 4

完結済作品。週2回更新中!

ザイードの腕の中で泣きつかれてぐったりとしてリァンは眠ってしまった。

リァンが次に気づいたときには、天幕で作られた簡易の避難所でリーフェとレンカが側にいてくれたのだ。

「大丈夫かい?リァン?」

「姐さん・・・リーフェ・・・」

ちゃんと声が出なかった。リーフェが差し出してくれたコップに継がれた水を飲み、リァンはむせた。

「無理するんじゃないよ」

げほっと音とともに大量の血を吐き出した。

同時に顔が引きつれる、熱く感じた。あのときかかった薬のせいで口周りや頬を中心にひどくただれているのだ。

喉よりも口の中が焼けるようだ。

「あの男を・・・殺さなきゃ・・・」

つぶれた声でつぶやいたリァンの手に温かい手が触れた。

「ファナさん・・・」

「リァンさん、おかえりなさい」

振り返ったところにファナがいて、ファナがにこりとほほ笑んだ。

「ファナさん・・・ファナさん・・・ファナさん・・・」

ファナはリァンを宥めるようにリァンを抱きしめた。

まるで子供をあやすように、軽く背中をポンポンと叩き、再び横にならせようとしたが、リァンが暴れた。

「行かせて・・・あの男を・・・仇を撃たなきゃ・・・」

「落ち着きなさい。大丈夫よ、あなたの望みはかなえられるわ。だから、今は体を休めなさい」

ファナの言葉にリァンは目を瞬かせる。ファナは深くうなずいた。ファナの言葉に従い、横になったリァンは一つお願いをしてみる。

「ファナさん・・・手を握っていて・・・」

「もちろんよ」

ファナはぎゅっとリァンの片手を両手で握りしめる。

リァンの開いた片手に小さい手と柔らかい女性の手がかかった。

見ればリーフェとレンカが涙をためている。

「ファナ姉さんが手を握っていいなら、私らだって手を握っていいだろ?なあ、リーフェ!」

屋敷での生活ですっかり言葉を出さないことに慣れてしまったリーフェが深くうなずいた。

「ちょっと、レンカさん!ザイードさんもそうだけど、私はあなたよりも5つは年下なのよ!」

「年なんか関係ないさ、ファナ姉さんはファナ姉さんだよな」

リーフェもこくこくとうなずく。

「もう、あなたたちは!!」

「だいたい、娼婦街の女たちにも年齢とわずファナ姉さんって呼ばれているじゃないか」

「あれもやめてって言っているのよ!!」

珍しくファナが押されて拗ねたようにぷいっと顔を背ける。

ふふふとリァンの口から笑い声が漏れた。

「ファナ姉さん、かわいい・・・」

「も・・・もう!リァンさんまで!!・・・まあ、リァンさんは赦してあげるわ。私の可愛い義妹だもの」

リァンの目に涙があふれてくる。

「ファナさん・・・」

ファナ、レンカ、リーフェはリァンの涙をそれぞれぬぐった。

4人の女はじゃれあいつつ、今までの時間を取り戻すように様々な話をとめどなくした。


「リァンさんに会わせたい人がいるの。今いいかしら?」

ファナがそう言ったのはリァンが笑顔と落ち着いた様子を見せるようになったころだった。リーフェは話をしていて疲れたのか、リァンに寄り添って眠っていた。

「今?」

「ええ。身なりはまあ、乱れているけど気にしなくていいわよ。私たちもそれなりだからね。でも早めに会ったほうがいいわよ」

ファナの助言を受けてリァンはこくりと頷いた。

「待っててちょうだい」

そう言って、ファナが天幕から出ていった。その間レンカが昨日から今日までのことをポツポツと話してくれた。

暴動もギリギリまで抑えてくれたようだが、先走ったのがいたというのがファナたちの意見だそうだ。

「そうだったの…」

ポツリと呟くと、ファナが天幕の隙間からレンカとリーフェを手招きした。

「じゃあ、私らはこれで」

レンカはとリーフェを抱えて天幕から出ていくと急に天幕の中が広くなった気がした。

今夜はいったん、レンカやリーフェとこの天幕を使うようだけど、明日以降は状況を見て判断するようだ。

状況も何も、レンカやリーフェがいてくれる以上の安心はリァンにはなかった。

とはいえ、これから会う人はこの天幕で2人きりで会うのかと思ったら緊張した。

入口の前でファナが誰かと話していて、その誰かがリァンに会わせたい人なのだろう。

「いい加減覚悟を決めて入りなさい!!!」

ファナが怒る声を聞くのは久しぶりだ。

こんな言い方をするのはヤンとトランが相手の時だけなのに珍しいこともあるものだとリァンは思った。

幕を持ち上げて入ってきたのが手や脚、身長から男だとわかってリァンは緊張した。

緊張して、すぐ会うような知り合いは思い浮かばなかったものの、その顔を見て唖然とした。

「リァン」

その声に涙が溢れた。

「リァン」

そう言ってその声の主はリァンの側に跪いた。

リァンが知っているよりも、少し背が高くて、体もがっちりしていて、声も仕草も昔と変わらず熱を持ち優しい人だ。

リァンの頬に手を当て溢れた涙を拭った。

その仕草が優しくて、ずっと触れたい熱だったのにすっかり忘れていたことに気づいた。

「…ヤン…」

「リァン」

そう言って2人は抱き合った。

「ヤン…ヤン…ヤン…生きてる…死んだって聞いたのに…」

「死んだことにしてもらったんだ…おれの墓もある・・・」

「…ヤンが生きててよかった…」

そう言ってリァンは声を上げて泣いた。

「リァン、すぐに助けに行けなくて、ずっと辛い思いをさせてごめんな。助けに行きたかったのに…」

「ううん。ヤンが生きてる…それでいい…」

リァンはヤンの腕の中で気が済むまで泣いた。

思う存分泣いたら頭がスッキリと冴えてきた。

言わなきゃいけないことがある、と。

「ヤン…ヤン…赤ちゃん守れなかった…ごめんなさい」

ヤンの体が震えて、リァンは子どもができたことも伝えてなかったと思い出した。

「私、赤ちゃんできたことも言ってなかったね…でも、守れなくて…ごめんなさい」

どうやって説明したらいいからわからなくてしどろもどろになった。

ヤンはスルッとリァンの背を撫でた。

「赤ん坊ができていたこと聞いた。その子が流れたことも。一人で耐えさせてごめんな」

ヤンは責めなかった。

むしろ、一人リァンに重荷を背負わせていたことを悔やんでいるようであった。

「俺はその子に救われた。毒を盛られて死にかけたから。時期的には同じ頃」

「あの子がヤンの身がわりになったってこと?」

ヤンは深くうなずいた。

「そう思ってる。だから、俺たちは生きてまた会えた」

深く深くリァンを傷つけたのだから、ただの自分の思い上がりでもそう思わなくてはやっていられない。

リァンはボロボロと涙を流し、ヤンの目にも涙がたまった。

失ってしまった命にはどんな理由もつけられないとわかっている。

だけど今ここで2人が会えた以上のことはないと思っている。

ヤンの目が薬品をかけられて、ただれた唇や頬をとらえた。

「痛い?」

「唇も頬も口の中もヒリヒリする…」

「口付けしたい…」

「して」

リァンの言葉を合図に2人の唇が触れ合った。

リァンは唇が痛むのか、体がピクッと震える。

深い口付けはせずに啄むように口付けを繰り返す。

久しぶりの感覚に2人とも気分が昂った。

ヤンはリァンをそのまま押し倒した。

「ヤン…いや…いや…できない…やめて」

「ごめん…リァンが俺を受け入れられる環境が整うまで待てって姉さんに止められてる」

リァンは身を縮め、これ以上ヤンに触られるのを拒否した。

ヤンはただ口づけにとどめた。

ファナの言いたいことがわかってリァンは頷いた。

「そうしてくれると嬉しい…」

「それまで抱きしめていい?」

「うん」

「口付けしていい?」

「うん…」

リァンは抱きしめられて無数の口付けが降ってきて、リァンはヤンに擦り寄った。

リァンは離れている間のヤンの話を聞いた。

 ヤンは命を取り留め、すぐに別の町に送られた。

「リァンを助けに行きたい!」

だいぶ抵抗したものの、おどされたのだそうだ。

しぶしぶ助けてくれた人たちの意見に従った。

その後は、主に義兄たちと一緒になってこの暴動の裏工作をしていたという。

ザイードが地方官の「本来の仕事」やらを調べてきてくれたおかげで裏工作もしやすかったそうだ。

少し汚いこともしたのだろう、リァンには少しだけヤンが別の人のように見えた。

 一方ヤンも噂で聞くリァンと実際のリァンは違いすぎて実感がわかなかった。

そもそも噂がリァンと違いすぎるのだとわかっていた。

お互いの体温に温められたのか、2人は抱き合ったままうつらうつらし始めた。


ファナが天幕の中を見た時、2人が抱き合って眠っているのを見て安堵した。

そして、目に溜まった涙を同じく様子を見にきた夫がぬぐい、そっとその肩を抱き寄せた。

次回更新は12/17です!

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