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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
45/167

43望みがかなうとき 2

完結済作品。週2回更新中!

ガチャリと音がすると応接間の隣の地方官の寝室の扉が開き、乱れた服装の地方官がおかしな目つきで現れた。

「私の小鳥、ここで何をしている?」

リァンは目をすがめ、冷たい視線で地方官を見る。口先だけで答える。

「まあ、旦那様。隊長がまた色々と持ってきてくださいましたのよ」

「そうか、そうか・・・なんでも好きなものを買うと良い」

「うれしいですわ、隊長さんとお話しするのでレンカと一緒にいてもらってよいです?」

「よいぞ、よいぞ、レンカ・・・」

地方官はそういうとレンカの腰に絡みついた。

ふかふかな長椅子に座り込み、レンカのひざに頭を預け、怪しい手つきでレンカの腰を撫でている。

ザイードは冷たい視線を地方官に投げかける。

「やべぇな、あれ」

「持ってきてくれた媚薬のおかげよ。仕上げにこの男には少しだけ正気に戻ってもらわなくちゃ」

リァンは冷たい視線を地方官になげかけ、そのまま視線を護衛の男に移す。

「ここまですれば、満足?まだ、仕上げが残っているけど、この男はあなたの好きにしたらいいわ」

護衛の男はリァンの足元にひざまずき、頭を下げる。今にもリァンの足をなめそうな勢いだ。

「感謝する」

短く礼を述べる。

ザイードはごくりと喉を鳴らす。

部屋の雰囲気や服装もあいまり、護衛の男にかしずかれたリァンはさながら無慈悲な月の女神のようだ。


「嬢ちゃん、さっきの男と犬はな、西の悪魔とも呼ばれている。俺が若かった時から姿が変わらないんだ・・・」

「若かったころ?」

リァンが首をかしげると、ザイードはうなずいた。

「あれはな、旅をしていると先々の話に現れるんだ。何百年前の古いものから新しいものまで。時には東から来た賢者、西の悪魔とも呼ばれる。なぜか毎回いで立ちが同じで必ず犬を連れている。話の始まりもいつも一緒だ。倒れているあの男を助け、一宿一飯の恩で何かをもらうんだ」

リァンはぞくっとする。

「ただ、2つ出されたうちの1つしか選ばないといけなくてね。その辺がいつもあやふやなんだが、最期は国を救った英雄になったり、逆に国を滅ぼしたりな。あれはな、伝説上の生き物や伝説上の災難か幸運みたいなものだ。・・・嬢ちゃんはなにか口紅と何かで選ばされなかったのか?」

リァンは大きくため息をつく。

「選んだわ。口紅を。もう一つは風鈴だったの・・・」

「風鈴・・・ガラス細工ってことは、兄ちゃんとの未来だな」

ザイードが問うと、リァンは深くうなずいた。


あの時、風鈴がちりんと音を立ててみた光景は穏やかな雰囲気ではあった。

年は今の自分より少し上だろうか。

理由はわからないけど、2人ともずっと痩せていたし、服もボロボロで非常に貧しくて苦労をしていそうだった。

2人で側にいられればいいという雰囲気だった。


そんなことを思い出して、リァンは目に涙をためた。

今の自分がどんなに欲しても手に入らないものをもう一つの別の人生では手にしていたのかもしれない。

ザイードにはもう一つのあったであろう未来の理由がわかるようだった。

理由がわかる以上、リァンの選んだことに文句は言えなかった。

これは知らず知らずのうちにリァンがくれた最初で最後の機会になるのかもしれないのだから。

「嬢ちゃん…もし、兄ちゃんが生きていれば…今からでも兄ちゃんと一緒に幸せになることを選べるか?」

ザイードの問いにリァンは目を見開き、護衛とレンカの雰囲気がざっと音を立てるように変わった。

「ヤンが生きていたら…?」

リァンは呟くと屋敷から解放されたあと、ヤンに抱きしめられる自分を考えて、涙をこぼした。

「仮の話だわ…」

「仮の話でもだ」

ザイードは譲らずにまっすぐリァンを見つめた。

「ヤンが生きていたら、もう2度と離れない…こんな私を受け入れてくれるかしら?」

「兄ちゃんが嬢ちゃんを拒否するもんか。兄ちゃんと幸せになることを選べるか?」

「…ヤンと幸せになりたい…今からでも…」

「その望み、俺がなんとしてでも叶えてやる」

まっすぐザイードに見つめられて、リァンはザイードの心遣いが嬉しくて微笑んだ。

「ありがとう…」

ザイードは護衛の男の鋭い視線を感じ、咳払いを一つした。

「あいつらは伝説上の厄災だ。この町もここまで来たからにはもう止まらないし、あいつが武器を配り歩いていたからな、早けりゃ明日にもこの町は吹っ飛ぶぞ」

「だったら、レンカ姐さんとリーフェをファナさんのもとに連れて行ってほしい、私はここに残って仕上げをする」

長椅子の上で、レンカが目を丸くさせている。

「冗談じゃない。あんたを残していけるものか!」

リーフェもリァンに抱き着いた。

「お願い、姐さん行って。リーフェも。今までありがとう。心配しないで、すべてが終わったら私はもうこの男の小鳥ではないのよ。この屋敷の外で会いましょう。ファナさんにも伝えて」

レンカは歯をぎりっとかみしめる。ぼんやりしている地方官をひざから降ろすとリーフェの肩をつかんだ。

「行くよ、リーフェ。大切な物があれば持っておいで」

そう言われてリーフェは弾かれたように駆け出した。

「姐さんには持っていかなければいけないものはないの?」

「この屋敷で私にとって自分の命より大切なのはあんたとリーフェだけだ」

リーフェの背を見送り、レンカに聞く。

レンカの答えにリァンは思わずレンカに抱きついた。

「姐さん、ごめんね…」

「謝るんじゃないよ。私はあんたのためにここに来た。あんたのためになるなら立ち去るのも道理だ。明日には必ず屋敷の外で会おう」

いつも通りの微笑みを湛え、それでいて目にはリァン1人を残すことに悔しさを滲ませている。

レンカはうんうんと頷くリァンの背を撫で、ザイードと目を合わせたあと護衛の男に鋭い視線を送った。

パタパタと軽い足音を響かせて小さな小物入れを持ってきたリーフェを見てリァンは涙を拭いてレンカから離れた。

リァンのそんな様子にリーフェに大粒の涙がたまるが、リァンはニコリとする。

ぎゅっとリーフェを抱き寄せた。

「ありがとう、リーフェ。大好きよ」

「私も大好き…しゃべっちゃったけどファナ姉さん舌抜かないよね?」

「内緒にするわ、さあ、早く」

リァンは片目を軽くつむるとリーフェを促す。

ザイードはレンカの肩をしっかりと抱き、リーフェを抱え上げるが、リァンを見つめる。

リァンをこの場から無理に連れ出すにはザイードの手も足りなかった。

「大丈夫だ。彼女はこの屋敷のもので守る」

そう告げたのは護衛の男だ。

護衛以外にもこの屋敷には地方官に恨みを抱いているものが多かった。

一人二人とひそかに地方官への復讐の徒があつまったのだ。

「明日の午前中に私の父、母、それにヤンを殺した仇を呼び出しているわ。昼過ぎに暴動を起こしましょう」

「わかった、嬢ちゃん。無理すんな。お前も、絶対に嬢ちゃんを守れよ!!」

「この命に代えて」

ザイードは二人を抱えて屋敷を出る。

扉を開けると屋敷にいた者たちが並び、ザイードに頭を下げていた。

頭を下げた屋敷の者たちの列を抜け、振り返ると、そこは月の女神の宮殿のようにまばゆかった。中心のその女性は夢うつつのように神々しくたたずんでいた。

「俺の月の女神・・・」

ザイードはひとり呟いた。

そして、心を決めた。


次回更新は12/10です!

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