42 望みがかなうとき 1
完結済作品。週2回更新中!
「ねえ、ツェン。この町の雰囲気おかしくない?」
若者は連れ立っている白地に茶色の毛がところどころ混じった犬に聞いた。
犬はふんふんと鼻を鳴らし、なにかをかぎつけたように、建物と建物の間に隠れるようにして抱き合う二人の子どものもとに走っていった。
犬のハッハっという吐息に今にも永遠につぶってしまいそうな目を薄くあけた子どもを若者は覗き込む。
「大丈夫?」
「水・・・」
子どもがつぶやくと、若者はかけていた薄いカバンを開けた。
犬と一緒に何かを取り出すと、犬は水の入った水筒を若者は子どもが手に持てるくらいのナイフを取り出した。
子どもはすかさず、犬から水筒を受け取り、ゴクゴクと飲む。
半分くらい飲んだところで、抱えていた弟を叩いて意識を戻そうとするが、弟の意識は戻らなかった。
「ねえ、起きて!!起きてってば!!」
弟の意識は戻らず子どもはうなった。涙を流した子どもの涙を犬がぺろっとなめる。
「何が一体?」
「地方官だ!地方官がふしだらな小鳥に惑わされたって!!ぜんぶ地方官がわるいんだ」
若者は町の様子を見まわす。
数年前、彼はこの町に訪れ宿屋の下働きだったリァンに水と食べ物をもらったウェイだ。
その時は砂漠の最初の最後の町ということで活気にあふれていた。
しかし、今は見る影もない、というより異様な雰囲気が流れている。
街には浮浪者があふれている。ただ一方では、前にはなかった東の都風の大きな屋敷が建設中であった。
どうやら、たっぷりと水をたたえる大きな池があるらしい。そのせいでただでさえ乏しい水が手に入らなくなっている。
リァンの散財が火をつけたのか、東の都が恋しいのか、地方官は東の都風のものをどんどんと建てていた。
増税がされ、嫌がった職人や商人はこの町からたちさっていった。
税金はこの町に寄る隊商にも課され、また地方官の小鳥に貢物を要求された。
多くの隊商はこの町に寄ることもなくなってしまい、物流も滞った。
住民への影響は大きかった。
しかし、地方官とその小鳥は市井の様子など見ることもなく、散財を繰り返している。
ウェイはツェンに導かれるように町を歩く。
先ほどの子どもたちのように半分意識を失っているものも多い。
ツェンが声をかけた人の求めに応じて、食べ物、水、薬などを渡す。
迷った挙句、ウェイが取り出したナイフや爆発物のような武器をとる大人も多くなった。
ウェイがすがめた目つきで町の様子を見ていると、後ろから肩をつかまれた。
「お前!また来たのか!!」
振り返ればザイードであった。
「隊長さん、お久しぶりです。リァンはどこにいるか知っていますか?」
ウェイはニコリと笑う。
「なんで?」
「前に来た時、一宿一飯の恩でどちらかを選んでもらったんです、僕が出すものか、ツェンが出すものか。今、彼女は幸せにしているかな、って思って」
ザイードは胸をおさえた。
「くそ!!この疫病神め!!こっちが準備してるのに先に武器を配り歩きやがって!!」
「配ってないですよ、この町の人が選んでいるだけです。自分の行く末を、ねえツェン」
ウェイは感情を見せない笑みを顔に張り付け、ツェンは変わらずしっぽで砂ほこりを巻き上げた。
ザイードは殴りつけたい気持ちを抑えたまま、ウェイの肩をつかんだ。
「嬢ちゃんに会わせてやる」
そういってザイードはウェイとツェンを連れて地方官の邸宅に来た。
申し込めばすぐにリァンとの面会が許された。
リァンは今までにない以上に着飾り、豪華な調度品のある応接間にザイードを迎え入れた。
ザイードの後ろからついてきたウェイとツェンを見て、目を丸くする。
リァンと側に控え、同じく着飾ったリーフェも同様だ。
あの日、ご飯を一緒に食べ、翌朝は遊んでもらった青年と犬がやってきたのだから。
「ウェイ、ツェン・・・」
「久しぶり、リァン。なんだかすごく素敵になって。本物の女神みたいだ」
リァンの背筋に冷たいものが走る。
そうだ、この男、はじめてリァンを見たときも「女神」と呼ばわったのだ。
「せっかく来たのだから、お茶でも用意させるわ」
手を叩こうとしたとき、ウェイはリァンを押しとどめた。
「ううん、僕たちはもう行くよ。君が元気そうで、すごくきれいになっていてよかった」
ウェイはにっこりと笑顔を浮かべた。
リァンはウェイのその笑顔にゾッとした。
全てを見透かされているようだ。
「最後に一つ聞かせて?君は今、幸せ?」
笑顔なのにその表情からの無言の圧力にリァンは息が詰まる。
リァンはニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。こんな笑い方もすっかり板についてしまった。
「幸せよ、もうすぐすべての望みが叶うの」
リァンの言葉にウェイは驚いたように目を丸くした。
目を丸くして、ふわりと柔らかく笑みを浮かべた。
「君は、僕からのお礼を受け取って幸せになってくれたんだね・・・」
ウェイの言葉に少しだけ涙がこもり、その言葉にザイードははっとした。
ウェイはちらりとザイードに視線をよこし、微かに笑んだ。
「今まで僕からのお礼を受け取った人は幸せにならなかったから、君が幸せでいてくれて嬉しいよ」
リァンには何のことかわからなかったが、望みが叶った瞬間を思い描き、怪しげに艶やかに笑みを浮かべた。
「良ければ、最後まで見届けてね」
その笑みにザイードは息をのんだ。
ウェイは人のよさそうな笑みを浮かべて、ツェンと顔を見合わせる。
「…じゃあ、僕たちは行くね」
そういって彼らは屋敷を出ていった。
最後にウェイはニコリと笑みをザイードにむけ、ツェンはわんと一つ鳴いた。
「嬢ちゃん、あいつらが何者か、知っていたのか?」
ウェイとツェンを見送ってザイードが聞くとリァンは首を振る。
「知らないけど、なんとなく考えていたの。ウェイから口紅をもらったの、一宿一飯の恩だって」
「そうなのか?」
「ええ、夢か幻を見たようになって、そこでは望みが叶っていたわ」
「嬢ちゃんの望みって・・・」
リァンの目が復讐の炎に取りつかれる。
その目には望みが叶ったことしか映らず、ほかのものは映っていなかった。
ザイードはそんなリァンを見たくなかった。
「嬢ちゃん!!俺もファナ姉さんも兄さんたちもレンカ姐さんやリーフェも嬢ちゃんと一蓮托生なんだぞ」
「もう、皆さん戻ってきてくれたんでしょ?」
「ああ、ことが終わった後の整理にな」
「なら、安心ね?」
リァンはふわりと笑みを浮かべる。
その笑みにリァンは望みをかなえた後は生きる気もないのだとザイードは思った。
ファナやトランたちは別の町に移動していた。移動していたが変わらずリァンの散財には付き合ってくれていた。
むしろ、散財は最初のころだけで、今では散財と言いながら物も金もすべてファナたちに流しているのだ。
全てが終わった後の街の復興に使うためだ。
次回更新は12/7です!




