40希代の悪女 3
完結済作品。週2回更新中!
ザイードは商談にかこつけて、ファナに面会をした。
商談相手としてトランを呼び、当然のように夫を伴い、4人での会食だ。
ザイードからもたらされた話を聞き、ファナは楽しそうに笑った。
「さすがの胆の据わり方ね、お姐さんの教育が良かったのかしら?」
ほほほとファナは声を立てる。
「嬢ちゃんに流し目食らってみろ、兄さんたちもクラっていくぞ」
「あらあら、リァンさんてば素質があるわぁ。というわけで、トラン、旦那様。リァンさんに誘惑されていたって噂を流しますからね」
「姉さん!?」
「ファナ!それはいくらなんでも!!」
決定事項のように言われた弟と夫ははじかれたように反応した。
「誘惑されていたではご不満?」
ファナは夫に向かって、かわいらしく小首をかしげる。
トランは見たこともない姉のしぐさに息を詰まらせる。
「頼むから、夫婦のことは二人きりでやってくれ・・・」
「あんたもそのうちわかるわよ」
ファナが弟にたいしふんと鼻を鳴らし、それから夫を見やる。
「お前は良いのか?婚礼こそしなかったもののリァンはヤンの妻だろ。つまり、義理の妹に自分の知らないところで夫が誘惑され、関係を持っていたなんて世間から言われて」
ファナの夫は界隈では愛妻家で通っている。
娼館に通うのは主に仕事でのみ、日があるうちはほぼ店にいて、夜はほぼ家にいる。
周囲からは「度が過ぎた愛妻家のおもしろみのない男」と揶揄されるくらいだ。
「リァンさんと関係を持っていたのほうがいいわね。じゃあ、私がその現場を目撃したことにしちゃおうかしら?」
ふんふんと鼻を鳴らしながら悪だくみをするファナに男たちはあきれを通り越して絶句する。
「旦那様、旦那様のような方が誘惑されてこそ『ふしだらな毒婦』の噂に信ぴょう性が増すというものですわ」
「それもそうだが・・・」
「噂の真偽を聞かれたら肯定する必要なんてないんですよ。あいまいに笑ってくだされば、それで世間は勝手に噂に尾ひれも背びれもくっつけますわ」
「噂が走り出したら、止められないぞ」
「もちろん。もし、旦那様が私のような妻などいらないというのであれば、どうぞ離縁してくださいませ」
ファナの夫は言葉を失う。
ヤンとリァンを失った妻はここのところ様々な意味で凄みを増したが、彼女は婚家や子どもたちを巻き込まないように肚をくくっていたからだろう。
「いや、離縁はしない。ファナは私には過ぎた妻だ」
「旦那様、今回のことで私はリァンさんと一緒に地獄まで落ちるつもりでおります。ですから、私たちの最初の子やヤンの子どもたちと一緒に天国で私たちの場所を作って待っていてくださいね」
「かなわないな・・・」
ファナの夫はあきらめたように笑った。
ファナは夫の手をキュッと握りしめ、「ありがとうございます」と独り言のようにつぶやいた。
「あんたもよ、トラン」
振り向きざまに弟に有無を言わせない目線を向ける。
トランとしては姉から厳命されてしまえば、逆らえなどしないのだ。
子どものころからの習慣だ、死んでもこの姉にはかなわないと思っている。
「あいまいに笑えばいいんだろ?」
「あけすけに話してもいいわよ、あんたの場合はそのほうが世間が放っておかないかもね。あんた、ヤンからそういう話を何も聞いてないの?」
「なんで俺ばっかり!二人が家を出るまで、家で耳をふさいで寝なきゃいけなかった俺に労りの言葉はないわけ!?」
「ふふふ・・・じゃあ、ヤンが寝た後にリァンさんが薄衣姿で忍んできて・・・くらいにしておけばいいわよ」
ファナの言い方にトランはその様子を想像して喉を鳴らした。
「あらやだ、この子ったら!ヤンに触発されて相手を見つけると思いきやそうじゃないからおかしいと思っていたけど、まさかそういうこと?いやらしいわねぇ」
「どういうことだよ!わかったよ、うまいことリァンに誘惑されて関係をもった話をながせばいいんだろ。まったく・・・それよりも!さっきの!!」
「さっきのって?」
「姉さん言っていただろ、『ヤンの子』って」
「ああ、リァンさんあの事件の前、妊娠していたのよ。本人の口から聞いたわけじゃないけど、間違いないわ。私たちはヤンとリァンさんを奪われただけじゃなく、あの二人の子も奪われたのよ」
しんみりとしてしまった男たちに、ファナの強い怒りに満ちた声が降り注ぐ。
「私たちにとって何よりも価値のあるものを奪われたんだもの、ただじゃ済まさないわ」
次回更新は11/30です!