39 希代の悪女 2
完結済作品。週2回更新中!
レンカの手からリァンに片方のイヤリングが戻った。
リァンの目に涙が浮かぶ。
そうか、声も聞こえないし、熱も感じないけど、ヤンは側にいてくれるんだ。
ファナの提案はリァンには都合がよかった。
ヤンがこの場にいたら呆れた顔して、ファナをいさめようとして、逆にやり込められてしまうだろうが。
それでもリァンをぎゅっと抱きしめ、姉から隠して、こう言うに違いない。
「リァンは俺の女だ。危ないことをさせるな」と。
それに、トランもファナの夫もザイードも骨抜きにするふしだらな毒婦に仕立てるなんて如何にもファナらしい。
それにもヤンは怒ってしまって、兄や義兄、ザイードからリァンを隠そうとする様子が思い浮かぶ。
ファナを含めた4人に生温かい目で見られ、いたたまれない思いをするのだ。
ファナに言いくるめられて、しぶしぶながらも納得したようなしてないよう表情をして、
「リァンに手を出すなよ!!絶対にだ!!」
ぎっと兄たちをにらみつける。
「だって、リァンは・・・」
「『俺の女』なんでしょ、わかってるわよ。早くリァンさんをこっちに渡しなさい!さあ!」
「姉さん!!」
そして、兄や義兄に慰められ、ザイードには茶化される、ありそうでなかったことだけど、容易に想像ができるほどだ。
リァンはそんなことを思って、ふふふと笑い声を漏らした。
レンカとリーフェがリァンを見つめる。リァンはふわりと二人に向かって笑う。
「希代の悪女、ふしだらな毒婦、傾国なんてどれも素敵じゃない?」
「悪だくみしているファナ姉さんのほうが悪女って感じだけど、あんたもその胆の据わり方は普通じゃないね」
「ファナさんだったら、『お姐さんたちの教育がよろしかったのね』って笑うと思う」
レンカはふっと息を吹き出し、「確かに」と言って笑う。
「トランさんやお義兄さんまで誘惑なんて、考えたこともなかった・・・」
「ファナ姉さんの弟はあんたをちゃんと愛してくれていたんだね」
リァンは目に涙をうかべ、こくこくとうなずく。
ヤンに渡し戻ってきた片方のイヤリングを握りしめ、「ヤン、ごめんね。ちょっとだけお兄さんたち誘惑しちゃうね、赦してね」と心の中で謝った。
きゅっと優しくヤンに抱きしめられ、頬を摺り寄せられ耳元で熱い吐息と共に「赦すよ」と言われたような気がした。
「レンカさん、リーフェ、せっかくだからお買い物しない?」
リァンが涙を拭きファナ顔負けににやりと笑うと、レンカとリーフェはリァンが言いたいことがわかったようににやりと笑みを浮かべた。
リァンは手元にあったヤンからもらったイヤリング、戻ってきたイヤリングで耳を飾った。
それから3人で応接間に戻るとリァンは護衛に目を向ける。
護衛は異常はなかったと首を振る。
リァンはザイードの正面に座ると、満面の笑みを浮かべて見せた。
「ねえ、隊長さん。わたし、二人のことが気に入ってしまったの。ずっとここにいてほしいわ。それでね、二人に贈り物をしたいのだけれど、勝手にお願いすると旦那様に怒られちゃうから明日相談にきてくれないかしら?」
「そうですか、では明日お話を伺うよりも、明日品物を持ってまいりましょう。代金は買った分だけでかまいませんよ」
「あら、うれしい、よろしくね?二人とは今日はずっとお話ししたいんだけど、良いかしら?」
「もちろんです、ほかにご要望はございませんか?」
リァンは首をかしげるようにして、考えを巡らせはた、と護衛の視線に気づく。
「隊長さん、旦那様は赤門の娼館や市井になじみがいないのかしら?」
「と、申しますと?」
「ほかにも、私のようにかわいがられている女がいるんじゃないかしら?旦那様はお優しく素敵な方だもの。だから、ほかに気に入った市井の女が何人もいるんじゃないか、そのうちこの屋敷に連れてくるんじゃないかって心配なの。そんな噂、聞いてらっしゃいません?」
リァンはにやりと笑みを浮かべる。
「わたくしは商人ですので、扱うものはすべて商品でございます。私は物も扱いますが、今回のようにご所望があれば人間も。そして、情報もしきたりも陰謀もすべて商品でございます。・・・・お心一つでいかようにでも?すべてはあなたのお望みのままに」
「そうね」
リァンの笑みにザイードは大きくうなずく。
リァンは護衛に声をかける。
「ねえ、あなた。本当は知っているんじゃない?」
護衛はふるふると首を振るが、思い出したように言った。
「そういえば、央都では嫦娥を探していたためか、この小鳥を見初めたときも嫦娥と呼んでおりました。本来の仕事もせず、こまったもの・・・」
「本来の仕事?政務は側近がしているじゃない?」
「別件、ございます。この町の利権に関することですが」
ザイードとリァンの目が光り、目を見合わせた。
先ほどの様子ではファナの提案を受けてリァンは『傾国』となるべく決意を固めたらしい。
そのためには、自分も全力で事に当たるだけだ。
ザイードがリァンの前を辞するときリァンは戸口まで見送りにきた。
護衛の男が扉を開け、廊下に出た。
リァンはスカートの裾を踏んづけたか、なにかにつまずいたそぶりでよろめくと側にいたザイードの腕に支えられる。
”あの男を調べて。許嫁を地方官に奪われて、復讐を考えているの”
”承知。『本来の仕事』も調べてくる”
一瞬だけだが触れた肩からザイードは手を放し、滑らかな手つきでリァンの指先をきゅっと握る。
その手を放しがたくてザイードは跪き、問うた。
「お手に口づけを贈らせていただいても?」
護衛の男が殺気だったが、リァンは視線でそれを沈めさせた。
「ええ、もちろん」
ザイードは恭しくリァンの指先を握りしめ口づけを贈った。
リァンがザイードに送ったなまめかしい視線にザイードはドキッとしたが、平静を装い屋敷を辞した。
次回更新は11/26です!