34 罠をかける 1
完結済作品。週2回更新中!
その日、地方官の屋敷から戻ってきたザイードはファナを呼び出した。
娼婦街にあるリァンの家である。
リァンの話をするとファナも辛そうだった。
「そう、育たなかったのね」
「ありゃ、薬も相当盛られてる。四六時中めちゃくちゃなことされてればそうなるに決まっている!!」
妻として母として子を失う辛さはファナにはよくわかる。
よくわかるが、ファナには乱暴されたことも夫以外の男と交情の経験はない。
子が流れた原因が男にあるなんて、女として妻として母として怒りで気が狂いそうだ。
ザイードは小さな家にある壁でもテーブルでも殴りたい気持ちだった。
「あの子は夫も子も失ったの?一人の男の欲のために?」
「欲じゃねえ、快楽だ」
「なお悪いわ」
ファナはふるふると怒りに震える。
怒りが煮えたぎるのだ。
「ザイードさん、私は今、夫と子を失い国を滅ぼした嫦娥の気持ちがよくわかるわ」
「俺は男だが、よくわかるよ。嬢ちゃんはなおさらだろうな・・・」
ザイードはリァンの様子をみて、リァンがくれた情報をファナに渡す。
・リァンはヤンの子を流してしまったこと
・媚薬を使われていること
・今夜から明後日朝まで地方官は赤門の娼館にいること
・媚薬や毒の出どころはリァンの父親の商売敵の男が調達していること
・ヤンはリァンを取り返しに2度ほど行っていること
・ヤンに毒を仕込んだのはリァンの父親の仇だということ
・どうやら1人は味方がいそうなこと、それも護衛の男
・その護衛が地方官の使者だったこと
「ありゃ、姉さん仕込みの言い方か?」
「宿屋や娼婦街のお姐さんたちにも可愛がられていたんだもの。使わなかっただけで、女の武器くらい持っているものよ。でも、そうね。ヤンとは使う必要はなかったでしょうに・・・あの子ったら・・・」
ファナの目に涙が浮かぶ。
ヤンには遠回しな表現ができなかったし、そもそも駆け引きなんて向いてない男だった。
軽そうに見せてはいたが、職人らしくまじめで実直で正直だった。
リァンはたいていにぎやかな女性が周りにいたから言葉は少なめであったし、からかわれてしどろもどろしていたけど、凛とした雰囲気があった。
それがザイードの言う「月の女神」なのだろうけど。
ヤンとリァン二人そろって騒いでいる姿を見たこともなかったくらい、言葉がなくても側にいて安心できる相手だったのだろう、お互いに。
それが男を篭絡するようにふるまうなんて、寝所に誘うようにふるまうなんてとファナは怒りを再燃させる。
「姉さん、女を何人か明日の午前中までに調達できるか?嬢ちゃんが小鳥を欲しいってね。で、女ならいいってさ」
「あの子の側においておける信頼のできる女ってことよね」
「さすが、姉さん。話が早い。俺と嬢ちゃんで最低一人はねじ込んでくる。あそこで嬢ちゃんの味方になってくれる女が必要だ」
「本音を言うなら私が行きたいわ・・・」
「気持ちはわかるが、そりゃダメだ」
ファナは腕組みをしてうーんとうなる。
リァンのことをよく知っていて、かつ何を聞いてもリァンが何をしていてもリァンの味方になってくれる女性。
残念ながらすぐには思い浮かばない。
裏口が叩かれた後、ギィっと音を立てた。二人がびくっとして振り返るとそこには何人かの女が立っていた。
「そっちの女の人はリァンの旦那の姉さんだろ?」
「そうよ」
リァンが職人街のヤンの実家に引っ越す前、近所の女たちにあいさつをしたのだ。
そのときにヤンは自分のことを「リァンの旦那」と言い、娼婦街のお姐さんたちが「ああ、井戸のね・・・」としたり顔だったのだ。
「あんたたち、ここがどこかわかっていて密談しているのかい?」
「あら?空き家で男女でいるんだからただの逢瀬かもしれないわよ」
ファナはにやりと意味ありげにほほ笑む。
「ふん、あんた旦那とだいぶ仲睦まじいくせに、ほかの男なんて必要ないだろ?」
「そうかしら?旦那様がいい男と知るためはほかの男を知る必要もあるのよ」
「は!男なんてどんな聖人君子気取ろうが中身は女とやることしか考えてないんだよ。あんたの旦那もそこの兄さんもあんたの弟も新しかろうが古かろうが地方官もな!」
女たちにすごまれて、ファナは笑顔をザイードにむけ、ふふふと笑う。
「ですってよ、ザイードさん、ずいぶんな言われようねえ」
ザイードは言葉を詰まらせる。さんざん月の女神だ聖母だなんのかんのと言ってきた身だ。
同意すれば過去の自分の言っていることと真逆のことでファナに問い詰められるだろうし、否定すれば女たちからぎゃんぎゃん責め立てられるに違いない。
どちらにしても女から責められるなら黙るしかない。
次回更新は11/9です!




