表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
33/167

31 戻らぬ日々 4

完結済作品。週2回更新中!

騒ぎを聞きつけた近所の人がすぐに知らせを走らせ、兄と姉夫婦が駆けつけてくれたが、ヤンはその場でリァンの連れ去られたほうを向かい嗚咽していた。兄も姉もかける言葉が見つからなかった。

やっとのことで、ヤンを新居に押し込んで、ファナは深いため息をついた。

つい最近まで、あんなにも幸せそうだった二人がこんなになるなんて誰にも想像がつかなかった。

「あぁ・・・なんでこんなことに・・・あんまりよ」


リァンが地方官から乱暴をうけたと聞き、駆けつけたファナを認めてリァンは薄く笑った。消えそうな笑みで「あの子の容体は?」と3番目の様子を聞いてきた。

予断を許さない状況だが、無事だと伝えた。

リァンは薄く笑み、「元気になったらお世話したいわ、いいかしら」と言う。ファナはリァンを抱きしめてうんうんと頷くしかなかった。

ファナは努めて明るく振舞った。リァンの腫れぼったい目を見れば泣きはらしたのだとわかり、痛々しく思った。

いくつか言葉を交わしながらもリァンにぼんやりした瞬間があることを感じ、リァンに横になることを促した。

躊躇するリァンを寝台で横にすると、ファナは寝台に座り、リァンの手を握りしめる。きょとんとリァンはファナを見つめる。

「リァンさんが眠るまで手を握っているわ。うちの上の2人は寝るまで私がずっと手をつないでいないといけないのよ。旦那様じゃ絶対に寝ないの、私の手は2本しかないのに」

ファナはあきれたようだが、その目に子どもたちに対する慈愛が宿る。その慈愛をリァンは少しだけうらやましく思った。

「ファナさんの手があたたかいから安心するんだわ」

「そうなのかしら?」

ファナは両手でリァンの手を握りしめる。

「私って贅沢ね」

「うちの子たちに自慢していいわよ」

ファナがふふんと鼻を鳴らすとリァンは軽く声を立てて笑った。

ファナはリァンが目を閉じ、軽い寝息を立てるまでそのままでいた。

ヤンが寝室に入ってくると、「あんたももう寝なさい」と促し寝台のリァンの隣に押し込んだ。

ヤンと交代に寝室を出て、玄関口に行くといつの間に来ていたのかトランとファナの夫がいた。

二人にも情報が入り、かけつけたもののリァンに姿を見せるのは遠慮したという。

「そうね、しばらくは会う人間を選ばないとね。ヤンと私と・・・くらいかしら?」

「うちのことは心配しなくていいよ。こどもたちのことも」

ファナの夫はそっと憔悴しきったファナの肩を抱いた。


リァンは翌日心配して訪れた小間使いの少年にも笑顔を見せたという。

小間使いの少年はリァンが乱暴されたのは自分の責任だと思っているようで、ボロボロに泣いて「リァンに会わせて」とトランに訴えたのだ。

いくら小間使いの少年がくっついていても起こってしまうだろうことは大人には容易に想像できると少年を宥めたが、いっぱしの護衛気取りだった少年がそれで納得するはずもなかった。

ボロボロ泣かれて困り果てたトランがヤンに相談すると、その話を聞いていたリァンが陰から「大丈夫、会えるわ」といった。

トランはボロボロ泣く少年を連れ、新居にくると自身は話が終わるまで外にいると言った。

リァンの姿を見て、大声で泣き始めた少年をリァンはきゅっとその胸に抱いた。

「そんなに泣いたら目が溶けちゃうわよ」

リァンの言葉に涙をこらえようとするがボロボロと大粒の涙を流す。

「心配しないで。ちょっとだけお休みするの。それまで工房のお手伝い頼みたいの、約束できる?」

小間使いの少年は涙をぬぐって激しく首を縦に振った。

外で待っているトランに用はもう済んだと言って工房に帰ってお手伝いをするといった。トランがわしゃわしゃと少年の頭をかき乱すのがわかった。

リァンはトランの背に向かって声をかける。

「トランさんもありがとう」

「ん~まあ、いいってことよ。こっちは心配するな。ああ、そうそう、宿屋の姐さんたちがリァンの様子を聞きに工房に来るんだ。しばらくして気分が乗ったら声かけてやってくれ・・・帰るぞ」

とリァンにはその顔を見せず手のひらをひらひらと振り小間使いの少年を連れて新居を後にした。

様子を見ていたヤンがリァンをきゅっと抱きしめると、

「みんな、優しいのね・・・」

とつぶやき、ぽろりと涙をこぼした。


美しい小鳥が自ら地方官の元に戻り、慰めを乞うたという噂が広まった。

朝に昼に夜に寛大な地方官に悦びの鳴き声を聞かせていると。

他にも少しけだるそうな美姫は美しくつややかに甘く地方官を慰めるのだと。

その美姫との交情はまさに天上の快楽だとも。

まことしやかにささやかれるそれらの噂はヤンにはいたたまれない話だった。

また薬でも盛られているのだろうと思った。

薬を盛られめちゃくちゃにされた彼女が自分の手元に戻ってくることはないだろう。

心を自分に残していった彼女を生身の女として愛すのは自分だけでじゅうぶんだったのに。

時々流れてくる彼女の噂を糧に生きていくのか、どうしたらいいかわからなかった。


朝も昼も夜もわからぬ時を過ごしていたとき、ヤンは物も言えぬ姿で帰ってきた。

どうにもぼろぼろの姿で見知らぬ女と深く泥酔しているのが目撃されたのが最後だった。

たまたま通りがかった男がヤンと顔見知りだったようで、連れてきてくれたのだ。

突然物も言えぬ姿で帰ってきた弟にファナもトランも茫然とした。

再び噂が流れた。


小鳥の毒矢が小さな鳥かごしか持たぬ男に向かって放たれたのだと


次回更新は10月29日です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ