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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
32/167

30 戻らぬ日々 3

完結済作品。週2回更新中!

30 戻らぬ日々 3

地方官の使いは地方官からの手紙を近所にも聞こえるように大声で読み始めた。

曰く、「その娘は地方官の妾にしてやるからありがたいと思え」だった。

見舞いと言いつつも、金でリァンを買いに来たのだ。

「これは俺の女だ!!金も持って帰れ!!」

激しい怒りで使いを追い返したヤンにリァンは縋りついた。

あの男の加虐性は強い、ヤンを傷つけたくない、ヤンを傷つけられたくない。

だけど今はヤンに縋らずにいられなかった。

汚いあの地方官はヤンと自分を追い詰めるために、少し時間を置いて見舞いと称してやってきたのだ。

ヤンが逆上して追い返すことなど想定済みで、あの下卑た笑みでそれすらも楽しんでいるのだろう。

あれは事実だったと知らしめるために。そして、2人をじわじわと追い詰めるために。

事実二人は追い詰められた。

ともに寝台に横たわるけど、二人は夜眠ることもできなくなった。

リァンはあの地方官にされたことを思い出すのかボロボロと涙を流している。


地方官からの嫌がらせなのか、ヤンの工房が立ち行かなくなるのは早かった。

材料は下ろされず、注文はキャンセルされた。

泣いているリァンの隣でヤンが届けられる帳簿をにらみつける夜が増えていった。

職人や商人たちは必死でヤン達を助けようとしたが、そういった人たちにも嫌がらせが続いた。

嫌がらせが続けば、自分たちのことだけで精一杯になってしまうのが世の常だ。

リァンのせいだ、ヤンのせいだとは誰も言わなかったが、リァンはもう見るに堪えられなかった。

自分一人が我慢することではないとわかっているのに、たくさんの人に今まで以上に我慢と忍耐を要求するのに、今の状況を落ち着かせる方法は一つしか思いつかなかった。


再び地方官からの使いが来たとき、本来、婚礼をあげる日の前日、前回同様、逆上するヤンを押しとどめていった。

「行くわ」

ひどく冷たい声が出た。

ヤンを逆上させて使いを追い返し、ヤンの工房だけでなく周囲にも嫌がらせを続け、本来婚礼をあげる前日に再び使者を派遣する、なんてやり口が汚いのか。

こちらの幸せをとことんぶち壊すことだけを楽しんでいるのだ。


婚礼衣装だけはファナが先日作ってくれたのを置いて行ってくれ、衣文掛けにかかっていた。

持ってきてもらったものの袖を通す気にもならなかったが、ファナのリァンを気遣う笑みに負けて袖を通した。

いつだったかのようにファナはヤンを呼びに行き、婚礼衣装に袖を通したリァンを見て、ヤンは目を白黒させていた。

言葉を失った代わりに、額と頬と唇に口づけをし、きつく抱きしめる。

そして、あきれたファナが「あんたも着てみなさいよ」というまでそのままだった。

ヤンは一瞬躊躇したが、笑顔のファナに押され、自身の婚礼衣装に袖を通した。

それぞれの婚礼衣装に袖を通しただけのヤンとリァン二人だけのままごとのような、幸せな時間だった。

そんな時間すらも無駄だというように、地方官はぶち壊しに来たのだ。

これで追い返したら次は何をするつもりなのだろう。

そんなことを考えたら、リァンの体中の血が冷えていった。

「リァン」

「ヤン、もう無理よ。もう無理なの・・・抵抗すればするだけあの男を喜ばせるだけよ。だから、お金も受け取って終わりにしましょう。助けてくれた人に返しましょう」

リァンは使者から金を受け取り、ヤンに渡す。

そして、使者に許可をとり、ファナや宿屋の姐さんや知り合いに短い別れの手紙を書いた。

使者の目の前で書かされた。

いずれにも「自分で決めたことだから、あきらめてほしい。今までありがとう。絶対に地方官に逆らうな」という趣旨が書いた。

最後に少し迷ったように筆が動き、ミミズがのたくったような線を手紙に残した。

墨がかわくまで待ち、ヤンに渡した。


「リァン」

使者について行こうとするリァンをヤンは抱きしめる。

後ろから抱きしめてリァンに縋る。

リァンがいればそれだけでよかったのに、どんな嫌がらせもどんな苦労も耐えられると思っていた。

それでリァンが罪悪感に苦しもうとも、リァンだけを手放したくなかった。

「いやだ、いやだ・・・愛してる・・・俺にはリァンだけだ・・・リァンは俺の女だ・・・」

「愛しているわ、ヤン」

リァンは振り返りそっとヤンに口づける。二人は使者の前だろうと、構わずに「放されてたまるか」と激しく口づけしあう。

口付けが繰り返され、熱い吐息が漏れる。

飽きることも熱が冷めることもないと思ったのに、リァンはヤンの体を突き放した。

「もう行くわ」

冷たい声が響く。

リァンは片耳の耳飾りを外した。地方官に乱暴された時でも不思議と耳飾りと螺鈿の首飾りは外れなかった。

リァンはヤンと指を絡め、片側のイヤリングをヤンに渡した。

最後にヤンにすり寄り、熱い吐息とともに耳元でつぶやく。

「私はあなただけのもの・・・」

ふとみれば、その服の上には色ガラスのブローチが輝いている。

「さようなら」

リァンは地方官の使者に従い、振りかえりもせず東の都風に作られた乗り物に乗った。

言葉なくリァンを見送ったヤンはその場に崩れ落ちた。

「なにが愛してるだ、なにが俺の女だ・・・なんで俺はリァンを守れない!!」

ヤンは絶望とともに叫んだ。


次回更新は10月26日です!

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