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嫦娥は悪女を夢見るか  作者: 皆見アリー
第1章
28/167

26 兆し

完結済作品。週2回更新中!

宿屋に向かうとちゅう、リァンはいつもとの違和感を感じた。

血が巡っていない気がするし、太陽の日差しがいつもより辛く感じる。

砂漠を超えて吹く風にもちりちりと皮膚が痛む。

リァンははたと気づいた。

下腹部に手を当て、そこに宿った熱を感じたような気がしたのだ。

前回の月のものがあった日を指折り数え、もしかしたらもしかするかもと思い当たった。

嬉しいようなくすぐったいような気分だ。

ヤンはすごく喜んでくれると思う。

婚礼前にとあきれはするだろうけど、トランやヤンの両親にファナの夫は気遣ってくれるだろう。

ファナに話した次の日には職人街に広まっているかもしれないけど、今回ばかりはうれしいと思う。

「そっか、家族なんだ・・・」とリァンはつぶやく。

家族の嬉しそうな顔を思ったら、頬に赤みが戻った。


その日の宿はいつもと違った。

女たちがけだるそうなのはいつもと変わらないが、人数が少ないと思った。

宿の裏につながれたラクダもいないから、隊商が到着したのでもないだろう。

「ああ、リァン。いいところに。これをもって、赤門の娼館に行っておくれ」

「赤門の娼館ですか?」

かの娼館は前の地方官が心中沙汰を起こした美姫をかかえる娼館である。

「そうさ、どうやら新しい地方官様がお見舞いと慰労に訪れるって言うのよ。華やかにしたいって言うから、うちからも姐さんたちを貸したのさ」

そういって、女将は姐さんたちの化粧道具からアクセサリーがどっさり入ったかごをリァンに渡した。

「姐さんたちの持ち物を適当に入れておいたのさ。これをもっていっておやり、必要なら使えってね。もしかしたらうちのが地方官様のお手付きになるかもしれないしね」

女将は見ぬ未来にニヤニヤとする。

リァンはファナとは系統が違うが、この女将も商売人として生きているのだなと思う。

「わかりました。届けに行ってきます」

赤門の娼館はリァンの脚で30分かかるかどうかのところだ。宿屋とは職人街から見て反対側に位置する華やかな場所だ。

華やかといったって、娼婦街や宿屋をみてもわかるように色と欲が渦巻いているものだ。



吹き出す汗をぬぐい、深く息を吐きながら、リァンは赤門をくぐった。

娼館の前には色のついた門が設置されており、それぞれその門にちなんだ名前で呼ばれている。

赤い門を構える娼館に入ると女たちが色めきだっていた。

宿屋からの使いだというと、宿屋の女たちがどこにいるかを教えてくれたが、華やかな場所で一人どうにも浮いている。

女たちの伝言ゲームで、リァンも地方官の慰問に呼ばれた宿の女の一人と思われたらしく、近くの準備部屋に娼館の女たちに引きずり込まれた。

「こんな格好で歩いていたら恥ずかしいわ」

といってリァンの言葉も聞かず、衣装を変え始める。

ようは同じうろつくにしても娼館の雰囲気に合った服装や化粧が必要だと彼女たちは言いたいのだ。

女たちのおしろいや香水の匂いに鼻を突かれて、気持ち悪そうな表情をすると、「表情が暗いわね」と言いながら、頬に紅を指す。

うるんだ瞳と赤みのさした頬でなまめかしい。

「あなたの、口紅はどれ?」

女たちがリァンのかごをとり、中身を空けると一つ見覚えのある口紅を見つけた。

そう、あの日、一宿一飯の恩と言われてもらった口紅だ。

今の今までどこにあるかすら覚えていなかったし、気にもしていなかった。

「あら、これ?ちょっと変わっているわね。・・・水にぬらすのね・・・あら、素敵ね」

そういって女たちはかわるがわる口紅を回し、リァンの唇に紅を引く。

それはしっとりとリァンの唇で玉虫色に光った。

「素敵じゃない?うるんだ瞳に赤い頬、耳飾りも黒っぽいけど透明?首飾りも素敵よ」

「そうね、口紅も素敵だわ」

「東の都で噂の嫦娥?みたいじゃない?」

一人がそんなことを言うと、あれこれと女たちは好き勝手なことを言い始めた。

そうこうしているうちに女たちは地方官が来たという声を聞いて部屋を後にした。

リァンは姐さんたちの道具も自分の口紅もをかごに入れた。

鏡に映ったのは娼館で働く女性のようでもあるし、確かに月の女神のようでもある。

 イヤリングは二人で新居に移った夜、ヤンがくれたものだ。

黒っぽいガラスだが光の当たり方で透明にも青っぽかったりみどりぽく光る。

中には螺鈿に影響を受けた細かい金属片を入れ、光を反射する。

「改めて求婚を受け入れてほしい」

と言われた。

ブローチは赤子に危ないからという理由で外していたが、イヤリングにしろ首飾りにしろヤンが選んだり作ったりしたものばかりだ。

一時思いをとばし、リァンは自分の服をかごの上におき、改めて娼館内を宿屋の姐さんたちを訪ね歩いた。

女たちの姿が見当たらず、娼館内の広間に女たちがいることに気づき、速足で広間に近づいたところ、反対側にいた姐さんの一人と目が合い、彼女は驚いていた。

「姐さん」と声をかけようとしたところ、男に阻まれた。

この場の誰よりも上質な着物を着た男だ。とっさにこの人が新しい地方官だとわかった。

地方官は飛び出してきた娘を上から下まで嘗め回すように見た。

少しうるんだ瞳、赤い頬、玉虫色の光を放つ唇、耳と胸元できらりと光が揺れる。

地方官はニタリと下卑た笑みを浮かべた。リァンはぞくっと背を震わせる。

この笑みには覚えがある。宿屋でも娼婦街でも。

ヤンに守られるようになってからはほとんど向けられることのない笑みだったが、危険だと理解した。

理解したが、その場から動けなかった。

同時にこの男から逃げられないと理解してしまった。

「見つけたぞ、嫦娥・・・」

男の口から出た言葉に背筋が凍った。


次回更新は10月12日です!

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